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「でも、それでも、やっぱり私は地球にはいられないよ。私は…ここでは”ただの人”ではないから。そのことがいつか大切な誰かを傷つけて、何よりも自分を傷つけることになる」


「傷つけあったっていいじゃないか。人はそうして、互いのことを理解していくんだ」


「私が月を思い、焦がれた時、その思いを遂げることも、打ち明けることさえ、ここではできない。それはぶつかり合うだけではどうしようもないことだから」


「それでも、どうにか対応していくことはできるんじゃないか?人はそうやって進歩してきたんだ」


「でも、現実は…月に戻れないという事実は、ずっと消えないよ。誰かのために尽くしてもそれが成就しない虚しさも、相手の優しさを知りながらも満たされないまま抱く悲しみも、互いの優しさが互いを苦しめていくしか無くなってしまうんだよ」


彼はここでも、また言葉が出なくなる。


喉に詰まる何かは彼一人の力で抑えられているようには思えなかった。


それはきっと、今彼の中にいる彼女が目の前の彼女の思いに従って、そうさせているのかもしれない。


そして、それはまちがいなく彼女の優しさであり、強さであり、彼への愛だった。


ここでやけに冷静になれている自身が嫌で、彼はどうしても感情的にならなくてはならなかった。


彼はどうにかして炎を、自分の内側にある激情を探し当てなければならなかった。


「私はもう十分幸せにしてもらったんだよ?だから、お互いが、ただの人で居られるここで終わりにしましょ?神おじさん」


彼女の最後の頼みを彼が断れるはずなどなかった。


最後の優しさと下手くそな嘘がまだもがこうとする彼の体を抱きしめていた。


彼はただゆっくりと抵抗していた首を縦に振った。


彼女を見ると、涙の跡が嘘だったと思うくらいに優しく白い歯を見せて笑っていた。

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