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彼女は彼が一番大好きな白い歯を全部見せてくれる笑顔をした。


反射的に出しかけた言葉は沈められた。


しかし、その顔が少しずつ遠ざかって寂しげに俯いてしまうような気がして、彼はどうにか手を伸ばして捕まえなければならなかった。


「君だけは…君だけはそれを言わないでくれ。杏奈が言ってくれたんじゃないか。お前は”ただの人”だって。君がそう言ってくれたから私は会社を立て直せたんじゃないか。新規事業だって、吸収合併だって全てそうだ。社長の私にはできなかったことだ。だから、これからだって変わらないよ。私は”ただの人”だ。それでしかないんだ」


彼は「そうだ」と言って立ち上がった。


「君に渡したいものがあるんだ」と言い書斎に向かい、震える手で指輪を入れた箱を掴んでリビングに戻る。


彼女は彼がリビングを離れる間、そして、戻ってきた時も微笑みをたやさなかった。


崩れていくこの幸せの時間をどうにか埋めるために彼は一人で喋っていた。


昔見た映画のセリフを頭の中から引っ張り出し、小説の文章を探し、無くなってしまえば、支離滅裂な単語を全て並べた。

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