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「でも、本当に欲しいものは、ちゃんと言葉に出しておかないと、すれ違うことってあると思うんだよね。矢印が向かい合っていても高さが違うといつまで経っても交われないから。私たち人間って通じ合っていてもわからなくて不安になるし、言葉が聞けるだけで安心できたりする以外と単純な生き物だから」


「そういう言葉はどこで覚えたんだい?」


「歌なんてそういうのばっかりよ」


彼女は手をひらひらと振りながら、あっけらかんと笑う。


「神おじさん。月ってどんなものなの?」


彼女の表情に少しだけ無邪気さが戻って、彼は安心した。


「月は恋のキューピットみたいなものだね。あの大文豪夏目漱石だってI Love You を訳した時、今日は月が綺麗ですね、なんて訳したくらいだからね。月と恋はセットみたいなもので、人が月を見上げるのは、大体恋の仲介役を頼む時だから」


「そういう話はどこで覚えるの?」


「広告なんてそういうのばっかりだよ」


彼女は口元に手を当てて、クスクスと笑った。


彼女の顔は、流星のように美しく、照らされた光を艶やかに跳ね返していた。


彼女の右上で光る電球が一瞬満月に見えて、彼は口を開きかけてやめた。

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