1-8 疑義
案内された場所は小さな町には似つかわしくない大きな教会だった。だが装飾は質素で簡素。余っている広めの土地にとりあえず大きめの建物を建てました、という魂胆が透けて見えてしまう。
「大きさだけは立派でしょう? この辺りは術的隔絶地に隣接していますから戦地になりづらい、という理由で協会で引き取ることになった子供たちを育てるための施設として普通よりも大きく作られているんですよ」
教会というのは建前の上の話で実体は孤児院ということらしい。
「応接室もあるので話はそちらでしましょう。ついてきてください」
教会の扉を開けながら金髪の牧師が頷く。ネウメソーニャはそれの動作につられて自身も首を縦に振った。
「お師匠、荷物は私が片付けますので」
「うん、それじゃあお願いするよ」
修道女の言葉を受けて、牧師は自分が持っていた手荷物を礼拝堂の椅子へと下す。
「それではこちらへ」
そのまま教会裏手から少し歩いたところにある建物の一階の中央の部屋へと案内される。
そこは簡素な部屋だった。
ベッドが二つに、丸い机が一つ、小さな暖炉が一つと額に飾られた竜と剣士の名画の複製絵画。それからネウメソーニャにも見慣れた術式器具がいくつか置かれている。
「あまりいいお茶はないのですけれど……、」
「あっ、いやお構いなく、って言うのも変っすかね。でも悠長している時間も惜しいっすからすぐに本題に入りたいんすよ」
「そうですか。ではすぐに聞きましょう、そちらにお掛けになってください」
牧師は二人分の小さな丸椅子を取り出して、ネウメソーニャに座るように促す。
「どうも。それで本題なんだけど……、」
「あっ、いや……、ちょっといいですか。話の前に自己紹介だけでもさせていただきたいのですが、よろしいですか?」
椅子に腰かけて早速話を進めようとするネウメソーニャを牧師が一度遮る。
多くを知る必要はないとはいえ、ここは不透明性を売りにする懺悔室ではない。
だから最低限の礼儀として名前の交換くらいは必要だろう。
「あっ、そうっすよね、申し訳ないっす。焦ってるもんだからつい……。自分の名前はネウメソーニャ、ここには遺跡の調査に同行して来やした」
「私はベルカーと申します。みなからはベルカー牧師と呼ばれていますね。それでは早速ですがあなたの悩みについてお聞かせ願えますか?」
「悩み、といいやすか……。問題なんすよ、危機的な問題……」
「問題ですか……?」
「多分信じちゃくれないでしょうが……、あの術的隔絶地の真ん中にある遺跡の中から、敵が来やす」
ネウメソーニャの言葉に対する牧師の反応は事前に予想できる範囲内のものだった。
僅かに眉をひそめて、にわかには信じがたいと言うような面持ち。
「……、敵とは?」
しかしそれでも、言葉には怪訝さを乗せることなく次の言葉を促してくれる。初めから切って捨てられないだけありがたかった。
「自分にもよくは分からないんすけど……、旦那は確実に敵が来る、とはっきり言いやした」
「あの遺跡、えぇとグレサンスピ遺跡ですよね。そこで何かがあって敵が来る、と? もう少し詳しい状況が欲しいですね」
半信半疑という様子で、だけれど否定することはせずに言葉の続きを促された。
「詳しい状況と言われやしても……、自分には学がないんで少し困りやすね……。えぇと……、遺跡の地下にデカい扉があって、そいつは修復術式かなんかが掛かっている壊しても元に戻る扉だったんすよ。んでその奥にデカくて光る地底湖とツララみたいに垂れ下がった鉱石となんかよく分からない術式陣があって……、旦那は今の手荷物じゃ詳しい調査が出来ないからってんで、ざっくりとだけ辺りを調べて、それから急に地鳴りがしやして……」
何があったのか、断片的な情報を分かる範囲でとりとめもなく吐き出していく。
ネウメソーニャ自身に取捨選択するための知識が不足している以上、思い出せる限りの全てを伝えるのが一番多くの情報を渡せるはずだ。
幸い相手は信術協会所属の牧師、術式や陣に関してならばある程度の知見を期待できる。
「術的隔絶地の地下に修復術式、地底洞窟に術式陣……、それから地鳴りですか……」
(少なくとも彼が嘘をついているような感じは見受けられない。嘘を吐くならばもっと整合性のあることを言うはずだし、ましてや術的隔絶地の地下で術が起動するなんて、そんな荒唐無稽な嘘じゃ子供くらいしか騙せない。この状況でただただ無意味な嘘を相談と称して言うという可能性もなくはない、がそのような狂人にはとてもじゃないが見えないな)
ベルカーの心の天秤がぐらぐらと揺れた。
言っていることは無茶苦茶だ。無茶苦茶で筋が通っていない、しかしだからこそ耳を傾ける価値が生まれてしまう。これがもっとキチンと辻褄を合わせた言葉ならばきっとばっさりと否定していただろう。
「地鳴りというのは具体的にはどんなでしたか?」
「具体的にと言われやしても……、ゴオーっとすごい音がしてて、あとは……、ああそうだ、術が掛かった石の扉に亀裂が入っては直ってを繰り返してたっすね」
(彼の発言を信じるとするならば……、)
「その地鳴りは術式同士の干渉による共振作用によるものかもしれませんね」
(なるほど、これが敵が来るという発言と繋がってくるわけですか。にしても情報の出し方が下手すぎる。嘘をついているとすれば、これは致命的だ。だけれども、それは逆説的に彼の言葉が脚色はあれど真実に近いということを指し示していると取ることが出来る……)
ベルカー牧師は一度胸の前で手を組んだ。手を組んで、そっと目を閉じる。
嘘を吐く人間にも色々なタイプがいるが少なくとも自分にデメリットしかない狂言を躍らせるタイプの自棄的でまともじゃない嘘つきはそう多くはない。
三度息を吐きだして、それからゆっくりと言葉を繋げる。
「あなたの話は俄かには信じがたい」
「……、っっ」
「何せもし本当ならば術的隔絶地という安全圏からの襲撃という前代未聞の事態が起きることになる」
「もしじゃない、確実に、絶対にそうなっちまう……」
(私が声をかけた時の様子からすると、恐らく村長にも似たような話をして信用を得られなかったといったところですかね)
「しかしそうなると……、」
全面的に信用するには確証が薄い、しかしかといって捨て置くには説明される状況は重い。
どう決断をするべきなのか、迷いどころだった。
「あなたの言葉を信用するとして、私に出来ることと言えば子供たちを地下室に避難させて防備を固めることと、あとは出来る限りの村人に声をかけて避難を呼びかけることくらいになりますね」
仮にネウメソーニャの言葉がすべて真実であったとしても、証拠もなければ根拠も弱い。今この牧師を説得できたとしても他の村の人たちを説得することはかなり難しいと言える。
「それだけやって貰えるなら文句なんか何にもないっす。自分に出来ることなら出来る限りのことをしやす。例えば何も起きなかった時に自分の首を落としてもらったって構いやせん」
自分の言葉を信じて動いてもらえるかもしれない、という状況に彼はほっとした表情を見せた。
「そこまでですか……」
「まだ分からないっすけど、でも多分旦那もおやっさんもあそこで死んじまっただろうから……。だからせめて自分が頼まれたことに対して全部を賭けるっすよ」
ネウメソーニャは力なく笑った。
使命感と諦観と無力感と罪悪感。そんなモノたちがない交ぜになりつつも、それでも前に進むために無理やりにでも笑顔を作る。
今自分が出来ることに対して真剣に真摯に向き合う。それが一番の供養になる、そう理解しているからこそだった。しかしそれは裏を返せば二人の死が決定事項であると確信してしまっているということでもある。
果たしてそれは、どれだけの重責を彼に与えているのだろうか。
(そこまでの覚悟を決めてまで意味のない嘘を吐くような狂人にはとてもじゃないけど見えませんね……)
「分かりました。あなたのその言葉を真実と見込んで動きましょう」
牧師は軽く頷いてから立ち上がり、手を差し出す。
ネウメソーニャも応じるように立ち上がって、差し出された手を握った。
「恩に着やす……!!」
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