第9話 さながら倉庫にリングやサンドバッグを持ち込んで作った練習場のごとく
「……しっかしけったいな光景ですわね」
「何がけったいですか、これは立派な婦女暴行の現行犯ですっ! パウロ大臣、乱心なさったか!」
私がかち割った窓から、ラスティさんも室内に飛び込みます。
ガチガチの軍装、今からでも戦場に出られますって風情で剣を抜いてますわ。かなりの迫力ですわね、これは。
「ちちち、違うっ、誤解だ! これは、そう、合意の上だっ!」
珍妙不可思議と言いますか、文化が変われば人の性癖も変わるのだと言いますか。
正直に申し上げまして、半透明のウィンドウに並ぶ文字列にはぁはぁ息を荒げるパウロ大臣の姿は、例えるならへんないきもの図鑑で深海生物を見ている時の感覚に近いのかなと。
まぁ、それはさておいて。
「大丈夫でしたかしら、ユリナさん」
「えっ? ええ、はい、私は何も──」
「硝子片とかで怪我してないかしら。ちょっと景気良くぶち破りすぎましたわ」
「あっ。無茶をした自覚はあるんですね……」
そこはまぁ。自覚なき武力はただの暴走ですもの。
いえ、そうではなく。私が聞きたいのは──
「〝百〟に〝合う〟に、〝菜の花の菜〟かしら?」
「……!」
「苗字の方は難しいですわね。しえん、しえん……どんな字を書くんですの?」
「〝紫〟に〝煙〟、タバコの煙の紫煙です……あ、あの、気付いてたんですか?」
「ええ。このジャバ・ザ・大臣がステータスどうこうと言い出した時に。あなた一瞬、ぽかーんとしましたでしょう?」
「……バレてましたかぁ」
「すぐに恥じらう素振りをなさいましたけれど、私の動体視力は誤魔化せませんわ!」
……というやりとりをしてると、パウロ大臣に剣を突きつけているラスティさんが、首だけこっちに向けました。
「マイネさま、どういうことです?」
「こちらのユリナさんは、私と同じように他の世界から転生した方だということです。……つまり、ステータス開示は別に恥ずかしくも何ともない人!」
「なっ、なんと! つまりパウロ大臣、あなたは異なる文化の価値観につけ込んで婦女子のステータスを開示させていたのかっ! なんと破廉恥な、不届な行為……これが世に知られればあなたは失脚では済まされませんよ!」
「……マイネさん、ステータスってそんな重要なんですかね」
「私にもわかりませんわ、ユリナさん。でもそういうものと受け入れるしかありませんの。それが異世界の醍醐味ですわ。……異世界転生ものにはお詳しくって?」
「勤務先のアニメバーのお客さんが良く話してましたね」
「あら。案外に俗っぽいお仕事先でしたのね」
「いっつも異世界転生作品の話ばっかりなんで、店のキャストの子から〝異世界さん〟って呼ばれてるお客さんで──」
「あーっと、心苦しいのでその先は聞きませんわ!」
私は耳を塞いで大声を張り上げました。そんなお辛い話はまっぴらですのよ。
どなたかも知らない〝異世界さん〟、どうか強く生きてくださいまし……。
「かわいそうなお客さんの話はおいときましょう。涙が溢れてしまいそうですわ。……ユリナさん、あなたはなぜこのような男のもとに?」
「……ほかに手立てがないからです。私、戦う力もそんなにないし、この世界の通貨も持ってないし、家もないし……転生だーっていきなり放り出されてアフターケアも無し……ひどくないですか?」
「随分と雑な担当者に当たったようですわね……」
「そもそも私、聖女でも何でもないし……」
「えっ」
えっ。そこは流石に驚きましたわ。
だってユリナさん、あんなにザ・聖女なステータス画面してらっしゃったじゃありませんの。
「どういうことなのですか、ユリナ様、そしてパウロ大臣?」
「ぐ、ぐぐ……ええい、この小娘、ステータス画面だけは具合がいいからと飼ってやったというのに!」
わからない。この世界の価値観はわからない……。
思わず頭を抱える私。そして、その横でユリナさんは、転生者特有の恥じらいとか全く無い様子で、
「《擬態の絵筆》解除──ステータス」
と、おっしゃいました。
────────────
ユリナ・シエン
レベル:23
H P:98
M P:192
ATK:75
AGI:79
DEF:66
MAT:151
MDF:124
・アクティブスキル
《擬態の絵筆》
《惑乱の声》
パッシブスキル
《覆世の歌声》
────────────
……そこそこ強くありませんこと?
じゃ、なくて!
なるほど、再び開示されたユリナさんのステータス画面からは、女神の祝福が消えています。
そのほかのべらぼうに高かったステータスも、軒並み大幅ダウンですわ。そのかわり一部の低かった要素が、騎士であるラスティさん顔負けの数値になってらっしゃいますけど。
「私、本当は聖女なんかじゃありません……どこにでもいるフォトショ職人なんです……」
「フォトショ」
「夜はアニソンバーのキャストとしてバイトし、休みの日には加工たっぷりの自撮り写真を上げたり、顔出し無しの歌ってみた動画をあげたりしてただけの一般女性なんです……」
「いやに質感がはっきりしてきましたわね。すると、そのお顔立ちも……」
「あっ、髪と目の色は違いますけど、そのほかは自前です」
「フォトショの必要性はあったかしら???」
「そんな……加工しなくてもあなたは可愛いだなんて……」
「結構な性格をなさってる聖女様ですのね」
「いえ、フォトショ職人」
「やかましいですわ!」
なるほど、つまり整頓しますと。
クラス:フォトショ職人の私はスキル偽装で聖女を目指す! みたいな形で転生してしまった紫煙 百合菜さん。
ところが旅立ちに際してひのきのぼうも100Gも与えられなかったので途方に暮れていると、重度ステータスフェチの大臣に目をつけられたと。
そして聖女に祭り上げられて──
「はい。あわよくばオルソン公を蹴落としてわしが公爵の座に着くのだー! って言ってました」
「う、うそだ! その小娘は嘘をついておる!」
「残念ですわパウロ大臣。
「うぐっ!」
「聖女ユリナさま、父の前でそう証言することは出来ますか? そうしていただけたら、国内にあなたの為の屋敷を確保し、侍女を複数名つけ、寝食に困らない環境を提供すると約束します」
「証言しましょう」
「うっ、裏切りものぉ!」
貧しさの苦しみを知っている人間は、そこから抜け出すことに躊躇が無いのですわね。
なにはともあれ、これで一件落着──
──獣臭が、夜の風の中に紛れ込んだ。
「……ラスティさん。ユリナさん。窓際に寄っていてくださいませ」
「え? ど、どうしたんですかマイネさん」
まだ状況を飲み込めていないユリナとは裏腹、ラスティもまたマイネに僅かに遅れながら、その獣臭を嗅ぎ取っていた。
廊下に面する扉の向こうだ。
そこに、獣がいる。
人の世に潜む凶暴な獣だ。
背が寒い。
マイネは、ぞくぞくと身を震わせていた。
異様なものが、そこにいる。
「どうぞ」
とマイネは言った。
「レディのあられもない姿を見てしまう、という懸念はありませんわ。どうぞ」
そう重ねて言った。
静かにドアが押し開けられて、でかい男が、
ぬうっ
と部屋に入ってきた。
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