第8話 打ちひしがれた時はタクシーに乗って走れるだけ走ってもらうと次の出逢いがありそうですわよ

「追放されましたわ……」

「そうですねマイネさま……」

「そうですねじゃなくって! もう少しくらい弁護してくださっても良かったんじゃないかしらラスティさん!?」

「でも! なんかマイネさまも、敗北を受け入れてるみたいな雰囲気だったじゃないですか!」

「違うんですの! いえ、違いませんけど、あれは……なんかその場の空気に飲まれて……! あとやっぱり明確につきつけられるステータスの暴力に勝てなくって……!」


 いやぁ、無茶苦茶強そうな数値でしたわねユリナさん。

 ちょっと、直接の打撃戦とかになったら一瞬で倒れてしまいそうな不安はありましたけれど、軍勢の後ろから支援しまくるバッファー兼ヒーラーとしては鬼性能っぽいですわ。

 これにラスティさんの指揮能力だとか、軍勢の規模に応じてステータスボーナスの付く《旧き帝国の血》を組み合わせますと──


「あらやだ。正統派な戦術チート架空戦記の姿が薄ぼんやりと見えてきましたわ」

「マイネさまはしょっちゅう、何を言ってるか分からなくなりますね。しかし、どうするんですか?」


 ここはマキア公国の西端。国境の砦を越えた先は、シアッガ連邦の領内だそうです。

 国外追放を言い渡された私は、マキアが隣接する中でも最もへんぴで不便な土地に送り出されるのだとか。およよよ……。


「どうもこうもありませんわ。まずは宿と食事の確保! 何はなくとも食べなければ体は持ちませんもの。向こうで畑でも作って、スローライフでも送るとしますわ」

「……シアッガ連邦は非常に寒冷な地域で、数年に一度は飢饉にみまわれる土地なのですが」

「もう少しマキア公国内に潜伏しますわ。やり残したことが沢山ありますもの」

「決断速度が尋常じゃなく速いですね……」

「ずっと思ってましたけど、けっこう他人事みたいな空気出してますわね!? あなたも当事者のひとりですのよ!」


 ラスティさんは最初の印象にくらべて、随分したたかな方だったようです。

 さすがは権謀術策の世界で生きてきただけのことはありますわね。


 そのしたたかな方が、ふと、真面目な顔をして仰いました。


「私は、マイネさまも聖女であると信じております」

「〝も〟? つまり、ユリナさんも私も、どちらも本物だと?」

「はい。……いいえ、厳密に言うならばきっと、ユリナさまこそが女神に選ばれた聖女様なのでしょう。マイネさまは……ええと……」

「なんですの、はっきり言いなさいな」

「女神を名乗る悪魔に力を与えられてしまった被害者……?」

「はっきり言い過ぎですわ!」

「いえ、でも! 与えられた力が悪魔由来のものであれ、あなたは聖女です──その精神性が!」


 あっ、ちょっとくらっと来ましたわ。

 殿方の如き凜々しいお顔と、その割にまん丸の目がかわいらしい、年上の女性。

 それが真っ正面から私の顔を見て、私を真っ直ぐに讃えているのです。

 くらくら来てしまっても、しかたないのではないかしら。


「人は生まれやスキルの有無だけで決まるものではない。重要なのは、その心──心が何を命じるかです! ユリナさまを聖女であると認め、自らその座を退いたばかりか、ユリナさまを祝福までなさったあなたが、悪魔の手先であろう筈がない!

 私は信じます、マイネさまもまた聖女であると。それも、誰かに与えられた力ではない、自ら育んだ心根のために聖女に相応しいのだと──!」

「ちょ、ちょっとタイム。あんまりストレートに褒められすぎると、ちょっと恥ずかしくって……」


 ほろり。思わず涙が流れます。こんなにもラスティさんが、私のことを信じてくださっていたなんて……。


「……ありがとう、ラスティさん。ではこれからの旅、あなたも一緒に来てくださいますか……?」

「えっ、それは無理です」

「今そういう流れだったのでは!?」

「だって私、公位継承者ですし! 軍権の一翼を担ってますしぃ!」


 流れた涙も瞬時に乾きましたわ。


「はぁ。もう良いです、それより、ちょっと耳に入れたいことがあるんですけど」

「耳かきですか」

「違います。パウロ大臣の失脚に繋がるかも知れない情報ですわ」


 ラスティさんは、飛びつくように私に耳を寄せました。

 油断のならない方ですわねほんと。







 ──男の寝室に上がりこむのは、別に、不慣れという訳じゃないけれど。

 この世界の男の趣味は、ちょっと理解ができない。


「ぐふふ、ふひ……ああ、いいぞおぅ……次はそのスキル欄を開いて良く見せるんだ……」


 パウロ大臣が、ぶよぶよに弛んだ裸を晒して、豚のような笑い声を上げている。

 ぽん。虚空に展開されたウィンドウから、《覆世の歌声》をタップして選択する。




 ────────────

 ・パッシブスキル


《覆世の歌声》

 認識し得るあらゆる箇所へ、歌唱技能によるスキルの効果を及ぼす。

 また、あらゆる歌唱スキルの効果を100%増幅させる。

 ────────────




「ふぉおおおおおぉぉぉっ! いい、いいぞぉ、なんていやらしいチートスキルなんだぁ……!」

「わけわかんないよぉ……」

「つ、次はパラメーターだ! パラメーターを上から順に音読するんだぁ!」

「HP、83……MP2892……」

「ふぎぃいいいいいぃぃぃっ!」


私が数値を項目名と数値を読み上げる度、びくんびくんと震える巨大な肉塊。

なんなのこれ。本当になんなのこれ。

もうやだおうち返りたい。って言っても、今の私のおうちはここ──パウロ大臣の私邸の中にある一室。

見た目は聖女っぽく、宗教画とか彫刻とか色々飾ってあるけれど、使われるのはほとんどベッドだけだ。

パウロは毎晩私の寝室を訪れて、私にステータス画面を開かせ、その内容を事細かに確認して悦に入る──いや、だからなんで?


「ふぅ、ふぅ……よ、ようし……いよいよ開くぞ……〝表示省略〟項目を開くぞぉ……」

「もう勝手にして……」


相手にするのも疲れた。身を(というよりアクティブウィンドウを)任せ、私はベッドに横になる。

天井のしみでも数えて、考え事をしていれば終わる。いつものことだ。

今日は何を考えて時間を潰そうか。


……すぐに、昼間の出来事が思い浮かんだ。

聖女とか言う肩書きで現れた、背の高い、めちゃくちゃ健康そうな女の子。

会話の中の断片的な情報だけでも、なんかすごく物騒な子だなぁというのは分かった。

格闘技とかやってるっぽかった。体格もいいし、強いんだろうなぁ。

私とは全然違う世界の生き物だな、って第一印象。

たぶんあの子は、自分ひとりでも買い物に行けちゃうし、自分の財布から自分で支払いをできるし、ちゃんと給与体系とかはっきりしてるお仕事に就けるんだ。


……そう思ってたのに。生い立ちの話は、まぁまぁ悲惨だった。

いや、私も結構酷いもんだけどね。どっちが不幸か比べ始めたら、きりがないからやめておく。

違うのは、そんな人生を──幸せだったなんて言い切ったこと。


前向きで鈍感なだけかな。そうだったら、ちょっと嬉しいな。

私とは違う生き物だってだけで、別に比べる必要もなくなるし。

でも多分、そうじゃないんだろう。


あの時、きらきらしてたのは、名前をしらない硝子のような花だけじゃない。

あの子の目元から落ちた涙も混ざってた。

辛かった、苦しかった。それを、私と同じように味わってきた、同じ生き物。

でも、〝それでも〟と言っちゃう、強い子。


「……変な子だったなぁ」

「ん? ……なんじゃ、独り言か。おいユリナ、次はもっと奥の階層まで開いていくぞ──」


……考え事を遮られる。うるさい。

殴りつけてやりたいけど、私は非力だし。聖女なんて肩書きが無くなったら、行くところも無いし。

せいぜい悦ばせてやるかって、スキルを使おうとした時だった。


がしゃあんっ!!!


「ひぇっ!?」

「な、なんだぁっ!?」


「……うら若き乙女を捕まえて、下卑た笑いに奇怪な辱め。天が許してもこの私が赦しませんわ! パウロ大臣!」


逃走帽子の為の、鉄網を張られた窓。その網と、ついでに硝子とを一発の拳でぶち破って、彼女は部屋の中に入り込んできた。


「マイネ、さん……?」

「こんばんは。ごぞんじ偽聖女ですわ、ごきげんよろしゅう」


片足を引いて身を低くし、スカートの裾を摘まむカーテシー。

彼女はやっぱり、無茶苦茶だけどきらきらしていた。……ドレスにひっかかった硝子の破片も含めて。

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