第7話 何故かはわかりませんけれど花巻市は夢枕作品の聖地なのですわ

私が生まれたのは、花巻市という小さな町です。

小さなと言いましても、それは国内でのことで、県内で見るなら規模が大きい方。

冬は寒くて長く、夏は暑くも短い。そして、特産品とか名産とか聞かれると答えに窮する町でしたわ。


父方の祖父がいくらかの土地を持っていまして、工場や線路の建設にあたって結構な値がつき、そのために私の家は裕福でした。


生まれてから10年、私は楽しく過ごしました。10年目の途中、大病を患いました。

治る見込みは、最初からほとんど無かったと聞いております。おしゃべりな看護師さんをだまくらかして、こっそりと。


両親は、必死で私の看病をしてくれましたわ。

母は仕事を辞めてつきっきりで、父も仕事の頻度を減らして。

収入が減って、治療費は高額……それだけでなく、国内で認可されていないような新治療なども、噂を聞けば片っ端から試したそうです。

何度かは、詐欺にも引っかかったとか。溺れるものは何とやら、けれども両親は諦めませんでした。


入院してから七年、私は生きながらえました。

外を歩くことはできなくて、学校に通ったり、友達を作ることもできませんでしたけれど……

たくさん、本を読ませてもらいました。漫画も小説も、世界中の観光名所をおさめた写真集なども。

映画を見て、テレビドラマもアニメも見て、ゲームをして……ベッドの上で、手と目だけでできる娯楽をたくさん与えてもらいました。


けど、それ以上に。

私は、愛を貰っていたのだと思っています。


最期の日。呼吸器に繋がれて、こちらからの言葉は届かなかったけれど。

ごめんね、とばかり言うふたりを見て、ずっと言いたくてたまりませんでしたのよ。


ごめんなさい。

私が健康じゃなくって、そのせいで、おうちからお金がなくなって、ごめんなさい。

ずっと辛い思いをさせてごめんなさい、って。

でもね。本当に最後、ふたりはこう言ったの。


「──生まれてきてくれてありがとう、だなんて。感動的な物語にありがちな、月並みな言葉だと思うでしょう。

 けれど、私は嬉しかった。あの一言だけで私は……生きていてよかったのだと、思いました。だから」


玉座の間が、静まり返っていた。

赤絨毯が、入口から玉座まで真っ直ぐに敷かれて、来訪者の導線となっている。

安っぽさの無い、深い赤色の絨毯であった。

その赤色の道の上を、きらきらとしたものが舞っている。窓から、風と共に入ってくる、見知らぬ花弁だった。

舞音の生きた世界には、存在しない花。硝子のように光を屈折させる、けれども、それは間違いなく花で、風に揺られるほどに儚いのだ。

風は穏やかであった。吹く、その音すら聞かせない。

玉座の間は、静まり返っている。


「私は幸せでしたわ。人生の半分は病院のベッドで、治療薬の副作用やら点滴やらで毎日痛くてたまりませんでしたけれど。最高の両親の間に生まれて、その愛を独り占めにして生ききりましたのよ!

 ええ、誇りを持って言えますわ! 私は幸せすぎる人生を送ったので、不幸な人の気持ちなんてわかりませんと! ですから聖女なんてごたいそうな肩書き、ユリナさんに任せた方がずっと適任でしてよ!」

「ふぁいっ!?」


……ユリナさんが素っ頓狂な声をあげたので、ちょっと私、冷静になりましたわ。

今バトルモードに入ってたのではなくて? 主に世界のムードとかが。


「えっ!? えーと、マイネさま。本当によろしいんですか?」

「ええ、ラスティさん。もういいじゃありませんの、あちらが本物の聖女で。というか聖女っぽさではもう勝ち目が無い気がしてきましたわ」

「確かにマイネさまは聖女というより、凄い女って感じですけれども……そうなるとマイネさま、偽聖女として宮中を欺いた犯罪者扱いになりますよ?」

「はっ!?」


うっかり。そこんところ何も考えてませんでしたわ。

恐る恐る視線を動かしてみますと、まぁなんということでしょう。パウロ大臣が悪役かくあるべしと言わんばかりの下衆な笑顔を満面に浮かべてらっしゃいます。


「騙るに落ちたな偽聖女め! オルソン様、お聞きになりましたか! こやつめ口を滑らせ自白しましたぞ!」

「うむ……いや、どうもこちらの女性は詐欺とかそういうの向いてなさそうな気もするが……」

「オルソン様!」

「う、うむ!」


お気の弱い方なんですのね、オルソン様。パウロ大臣は押しだけはめちゃくちゃ強いと。

こういう主従の組み合わせな国って早晩滅ぶもの、と歴史とか物語とかが教えてくれてますわ。


「あの、マイネさま……? 何か、上手い反論とかあるんだったら出していただかないと、その、私の宮中でのポジションとかにも影響が……」

「案外俗な部分を心配なさいますのねラスティさん。けれども私、こうなるともう、ステータスの開示とかくらいしか手立てが思いつきませんのよ」

「あっ、マイネさまそれは──」


あっ。そうでした、この世界の価値観的にアウトなんでしたわ。

案の定、群臣のざわざわがどよどよに変わります。雰囲気としては、なんといいましょうか……〝ヤバい露出狂が出たぞ〟みたいな……?


「ステータスの開示だと……? 確かに嘘がつけない部分だが……」

「あり得ん! うら若き乙女が人前でステータスを晒すなど!」

「口にするだけでもためらうことだ。あの女には恥じらいというものが無いのか……?」


「なるほど、ならばそうするがいい!」

「……っ、大臣!?」


パウロ大臣がすけべそうな顔をして、大声で言いましたわ。


「偽聖女よ、つまりお前はこう言いたいのだろう。自分と真の聖女たるユリナと、両者のステータスを開示し、どちらが本物か見極めるがいい。ここに並ぶ者全てが証人になれと!」

「あ、いえ、そこまでは私も──」

「悍ましくもあるが、そうまで言うならば仕方がない! 聖女ユリナよ、構うまいな!」

「……………………」


……あら。

ユリナさんは、ほんの一瞬、ぽかんとしたような顔になりました。

ですがすぐにも俯いて、頬を赤く染めながら、気丈に振る舞うのです。


「ええ。それがこの身の潔白を示すことになるなら……甘んじて、苦しみに耐えましょう……」

「……ちっ」


パウロ大臣が小さく舌打ちをしたのも、私は聞き逃しません。

ふぅん、なるほどですわねぇ。

と、それはさておき。健気なユリナさんの発言に、群臣がぶち湧いてます。


「聖女様! そうまでせずとも良いのです! 我らはあなた様を信じております!」

「そうですとも、どうかおやめください! そのようなことをする必要など──」

「聖女様!」

「ユリナ様!」


「ありがとうございます。……けれど、これも女神より賜った試練と心得ます。どうか皆も、見苦しい姿を晒すこと、許してくださいね…………ステータス!」


ユリナさんの震えた声による宣言の後、空中に半透明のウィンドウがびよっと開きます。

苦しげな表情でそれを見据えるオルソン様と、視線を伏せたり顔を背けたりする群臣。そしてニヤニヤしながらガン見しているパウロ大臣。

きっと宗教画の題材として後の世まで語り継がれるのでしょう光景の後、私もウィンドウの記載に目を通しますと──




────────────

 ユリナ・シエン


 レベル:83

 H P:83

 M P:2892


 ATK:25

 AGI:79

 DEF:16

 MAT:951

 MDF:3214


 ・アクティブスキル

《治癒の領域》

《精鋭の領域》

《破邪の祈り》

《静寂の歌》

……表示省略……


 ・パッシブスキル

《女神の祝福》

《秘術の支配者》

《覆世の歌声》

 ────────────




「偽聖女マイネを国外追放とする!!!」

「ぐうの音もでませんわーっ!!!」

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