第6話 でも藤巻のポジションも美味しいかなと思いましたけれど服役が避けられませんのでご勘弁ですわ

「ま、待った。ちょっと比較してみましょう。よいですかマイネさま、ユリナさま?」

「立ち直りましたわね。先ほどの手酷い手の平返しは聞かなかったことにしてあげてもよろしくてよ」


 本当はちょっと根に持っていますけれど、今は我慢ですわ。

 大事なのは、私がはたして本物の聖女なのか偽聖女なのか。そのポジションの見極めですもの。

 ……いえ、私自身の認識は、私の方が本物なのですけれど!


「はい、私は問題なく。マイネ様、よろしいでしょうか……?」

「えっ? え、ええ、はい。私も、何も問題ありませんわよ!」

「では、問いの1。聖女であるというおふたりですが、この世界で果たすべき目的をお答えください!」


 なんだかクイズ番組みたいなノリになってしまいましたわ。

 けれど、良いでしょう。ならば回答者として、全力で答えを叩き付けるのみ!


「この身に携えた武力を以て、世界全ての国を平定し、争いを終結させることですわ!」

「ただ女神の導きに心を委ね、祈りの力でひとびとの心をひとつにし、長き戦乱に終止符を打つことです」

「……ユリナさま、聖女ポイント1獲得です!」

「なんでですのー!?」


 いつのまにか審判になっていたラスティさんが、どこから持ち出したか分からない白旗を掲げます。

 私にポイントが入ったら、もう片手の黒い旗が上げられるのでしょう。

 というか、なんですの聖女ポイントって。スーパー聖女さまをベットすれば3ポイントいただけますの?


「王道……まさに聖女らしい聖女と言える解答です……すばらしい」

「マイネ嬢も、争いを終わらせるという点では着眼点は正しいのですが……そこへ至る経緯が問題ですな……」


 群臣の中にいた訳知り顔の男がふたり、解説席とやらを設けて座っていますわ。本当に何事?


「問いの2。おふたりの得意分野は!」

「す、ステータス的なものを見ますと打撃技! けれど、投げ技や関節技も十分に扱えましてよ! 徒手空拳でも鎧くらいブチ抜いて御覧にいれますわ!」

「《女神の祝福》により齎される広域治癒術と、他者の心身強化……祈りの言葉を用いて、この世に妄執を残した命を天へ還すわざなど、嗜んでおります」

「……ユリナさま、聖女ポイント1獲得です!」

「梶原ァ!」


 いけない。思わず魔獣の如き咆哮が口をついて出てしまいました。

 ユリナさんが肩をビクッとさせて、少し震えていらっしゃいます。ごめんあそばせ。


「聖女の基本的なスキル構成は、祈りと治癒。これはもう、当然の結果でしょうね」

「暴力系聖女というジャンルも確かに存在はしますが、救国の聖女ともなるとやはり正統派が求められますからね」

「現在のスコアは2-0! これは早くも一方的な展開になってしまったか!? 問いの3!」


 だだんっ! とジングル。やっぱりこれ、誰か何かおかしな力を使ってはいませんかしら。

 場の空気をクイズ番組にするスキルとか。


「お二人の身体スペックは!」

「身長176cm、健康なら女子バレー部の救世主になれる器と持て囃されつつ生前体重は40kgちょっと! 今は計ってないからわかりませんわ! 500人を殴り倒してまだ活動可能な心肺機能が売りですのよ!」

「えぅ……身長149cm、体重は、あの……控えさせてください……特筆すべきものは何も無いと思いますが、その……」


 ごにょごにょ。声をひそめるユリナさん。場がしぃんと静まり返りますわ。


「……お裁縫が器用な指が自慢です」

「ユリナさま、聖女ポイント1獲得です!」

「贔屓! 贔屓がひどいですわ!」


 やってくれますわね。

 言い淀んで間を作り傾聴の姿勢を取らせつつ、家庭的な私のかわいさアピール。

 余波を受けただけの私でもちょっとくらっと来ましたのに、この波動を直接向けられた解説席は……!


「かわいい」

「かわいい」

「お嫁さんにしたい」

「わたしも」


 もうダメそうですわねアレは。

 そして、もうダメそうですわね私は。


 ここへ来て聖女ポイントは3-0。私が巻き返すにはスーパー聖女くんをベットするしかない。そしてもちろん、そんなアイテムはありませんわ。

 ああ、私は偽聖女の烙印を押されて追放されてしまうのですわ。それで辺境の修道院に入れられて、何故か中央の騎士団長とか目眩くイケメンたちにみそめられるスローライフが始まってしまうのね……。


「──問いの4!」

「やったりますわ!」


 およよと涙してるうちに、いつの間にか次の問いですわ。

 ぶっちゃけもうどうにでもなれの精神です。はい。


「お二人の家族構成と、生い立ちを教えてください」


 ……私、見てしまいましたわ。

 ここまで本当に聖女然として、穏やかな表情でいらっしゃったユリナさんの表情が、ほんの少し曇りましたのを。

 それでもユリナさんは、自ら手をあげて──自分が先に話す、と意思を表明なさいました。


「……私は、とある小さな村に生まれて……漁村なんですけど、父が漁師で。朝早くから漁に出て、昼くらいに帰ってくるので、生活の時間が噛み合わなかったりもしましたが、両親と私とで仲良く暮らしておりました」


 ごくん。近くに立っていた私には、ユリナさんが唾を飲み込む音が聞こえました。


「でも、ある日、父が酔っ払って漁船を動かして、他の漁師さんの船にぶつけて……船はどちらも沈みました。相手の漁師さんも、父も亡くなって……賠償金で、私の家は一気に苦しくなりました。

 母は、働くのが嫌だって言って、早々に再婚して、どこかへ行ってしまって……私はよくわからないまま、自分には借金があるんだなぁって……思いながら……逃げるように、村を出て……」

「お……おつらい……」


 思わずそんな言葉を吐き出してしまう私でしたが、ユリナさんの追撃は止まりません。

 これ以上は私のメンタルに大ダメージでしてよ。


「それからしばらくは、ひどいものでした。耐えきれなくなって、自分で死を選ぼうかとさえ──でもその時、女神様の啓示があったのです。

 私は生まれ変わりました。もう、惨めなだけの私じゃない。両親を恨んでしまうことを怖がる私じゃない……戦う力はとぼしくても、私は聖女として、愛と祈りを以て世界を救ってみせます! 誰かの苦しみに寄り添って、道を示す光として!」


 拍手喝采が玉座の間を満たしましたわ。というか私も拍手せずにはいられませんでしたわ。

 もういいじゃありませんの、ユリナさんが聖女で。絶対適任ですもの。

 私などは秘境の地でひとり黙々と武芸を鍛える仙人枠がお似合いなのですわ……。


「……えー、ほぼこれで勝負はきまったようなものですが。マイネさま、あなたの番です」

「えっ」


 などと想いに耽っていると、ラスティさんからの辛辣な前振りがありましたわ。


 ……そうね。

 私の生い立ち、私の家族構成……ほんの少しの間、目を瞑りました。

 瞼の裏に浮かぶ両親の顔。最後にふたりの、作り物でない笑顔を見たのはいつだったかしら?


 語るとしましょう。

 問われたからというのもあるけれど、もっと大事なことがありますわ。


「──私は、平凡な田舎町に生まれました」


 私は幸せに生きてきたと、自慢してやるために。

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