第5話 平成初期のブラジリアン柔術来訪は異世界からチート冒険者が転移してきたようなものだったと思いますのよ

「順番にお答えしましょう。ひとつ、比較対象が他にいないのでわかりませんわ。ふたつ、毒されやすい女神の呪いみたいなものですわね。みっつ、私もその点が気になります。よっつ、多いです」

「実に七割五分が有意義な回答を得られていません」


 だって本当にわからないんですもの。


「でも、次の問いには答えられますわ。餓狼伝とは!」

「……ごくり」

「それは夢枕獏という偉大な小説家の刻んだ、熱い男たちの戦いのドラマにして──自分は何者であるかを追い求める者たち、即ち求道者の物語ですわ!」

「……はぁ」

「まだ携帯電話というものが存在しない時代。空手をバックボーンとする格闘家の丹波文七は、各地を巡りながら腕を磨いていました。ある土地での目的は、かつて自分に敗北を刻み込んだ男、梶原との再戦。しかしその過程の丹波の動きは、格闘技業界に旋風を巻き起こし──」

「あの、携帯電話とはなんですか?」

「おっと失礼。単純に言えば、個人で携帯できる、遠方の人間と会話できる端末です」

「えっ──とんでもない道具じゃないですか!?」


 食い付くのはそこなんですのね……。


「そんなものがあったら……えっと、うわ……兵法の常識全部変わっちゃうじゃないですか……。帰還率を考えて、伝令を複数人を放つ必要がなくなる? 軍の連携にのろしや軍楽隊を使わなくてもいい……? マイネさま、あなたはその携帯電話というものを作れるのですか?」

「作れませんわ!」

「ああ、そうですか……」

「露骨にがっかりしましたわね」


 この方、ステータスもスキルも思考パターンも、私よりよほど転生勇者らしい気がしますわ。

 おっといけない私は聖女、軍事的改革とかそういうのには携わりません。私はこの身ひとつで世界を平定するのだから!


「とにかく。丹波文七という男が出現したことにより、格闘技業界を二分する大勢力、北辰会館と東洋プロレスの抗争が勃発。そこへ、これまで姿を潜めていた古武術の使い手なども加わり、格闘技が大きな盛り上がりを見せる時代背景の中、男たちが各々の道の為に戦うというのがすじがきですが──その戦いが、熱い!

 素手と素手の戦いの描写を、こうもねちっこく、時に詩的に、時には殺伐と、血の臭いでむせ返りそうなかたちでも描いて、きらきらと眩しく見えるようにも描いて……その筆致たるやまさに、凄絶! 剛柔を合わせもつ文壇のトータルファイターですわ!」

「よくわかりません」

「そして丹波文七とは誰か。先にも言ったように、餓狼伝の主役である格闘家ですわ。30代前半。182cm、体重は100kgを越えますが戦いの種類に応じて増減。10代から空手──打撃系格闘技を学び、梶原俊雄に敗北してからは、各種の関節技をも習得。とはいえ、やはり打撃を中心にしている印象は大きいですわ。

 特徴は妙な愛嬌と、案外くよくよ思い悩むところ。強い相手と戦いたい、という純粋な格闘者らしい男である一方、団体経営などの政治的な素質は無いのでしょうね。けれどそこも丹波文七という男の魅力になっていると思います。

 ちなみに梶原俊雄ですが、こちらは丹波と同世代のプロレスラー。身長は3cm、体重は10kgほど丹波より大きく、組み技を得意としながら打撃技も身につけています。彼もまた、最強を目指すひとりの餓狼。丹波との戦いで触発され、やがて彼と同じ道へ踏み込んでいくと示唆されていますわ」

「あっマイネさま、お城が見えてきましたよ」

「話を逸らしましたわねラスティさん」


 途中から聞いてないんだろうなというのは薄々気付いてましたのよ。くやしいっ。

 でもまぁ、それはさておき、ようやくお城に辿り着きました。

 その周囲にはいわゆる城下街も。おフランスな雰囲気の漂う洒落た街ですわ。近世チックな建築様式!

 私達は、街のど真ん中大通を突き抜け、直接お城へと向かいます。遠目からでもラスティさんの姿は分かるようで、門番は邪魔をせず完全顔パスでしたわ。


 お城の奥へするすると進み、たちまちに玉座の間へ。

 玉座には、ほどよく厳めしいお顔をなされた、けれどあまり意思の力は強くもなさそうなお歳を召した男性がいらっしゃいました。

 こちらがオルソン様。ラスティさんのお父上ですのね。


「おお、ラスティよ戻ったか……ドマリ王国の軍勢はどうなった……?」

「はい。我が軍、ドマリ王国軍とも負傷者は多数ながら死亡者はゼロ。ドマリ王国軍は国境線まで後退いたしました」


 集まっていた群臣のみなさまがざわざわしています。

 死亡者がいないとはありえない。何が起こった。そんなことを言ってますわね。

 ……日常的に死傷者が出るようなお国事情なんですの……?


「我が娘よ。それは……そちらにいらっしゃる女性に関係のあることかな」

「はっ。これなるは遥かなる異郷より、女神の招きに応じて現れた聖女、マイネ・リクドウさまにあられます」

「マイネでございます。お見知りおきの程を」


 これ以上ない完璧なタイミングで、私は名乗り+挨拶を決めました。スカートの裾を持ち上げる、なんと言いましたっけ、ケットシー? アレで。

 群臣のみなさま、ふたたびざわざわ。私の姿に目を奪われてらっしゃるのかしら。


「聖女だと……? ばかな、有り得ない」

「いや、ラスティ様はまだご存じないのだ。しかし、そうなると……」


 ……あらっ。なにかとっても、不穏な気配がいたしますわね。


「……父上? なにか有ったのですか?」

「ラスティ、我が娘よ……実は、お前が戦場へ向かってすぐのことだった……我が最大の中心、パウロ国務大臣が──」

「姫! おお、なんと痛ましい! そのような〝詐欺師〟に欺かれようとは!」


 かっちーん。今この大臣とか言うジェネリックジャバ・ザ・ハット、私を指して詐欺師と言いましたわね。

 カットソーだかバーヴァンシーだかのポーズを保ちつつも、さすがの私も激昂寸前ですが、むしろラスティさんの方が抑えきれなかったよう。


「大臣、口が過ぎるぞ! 客人へのその侮辱、根拠あってのことだろうな!」

「無論。……ああ、本来はもっと早くにお伝えするべきでした。これなるは正しく、女神より使わされたる聖女でございます。……前へ」

「はい」


 涼やかで、それでいて甘い、可憐な声が聞こえました。

 あっ、てなりました。なんと言いますか、こう、戦う前に敗北を悟ってしまったと言いましょうか……。

 横幅が他人の倍はありそうなパウロ大臣の後ろから進み出たのは、横幅が他人の7割くらいしか無さそうな少女でした。

 身長も150cmあるか無いかくらいの彼女は、神々しいばかりの白髪に白い肌、赤い瞳──アルビノという訳ではなさそうなのだけれど。

 とにかく、外見からただならぬものオーラ3点セットを携えた挙げ句、お召し物は裾の長いローブに、やたら高さのある神官帽。首には、どこかの影響されやすい女神様より随分美化されたレリーフの施された首飾り。


「私はユリナ。ユリナ・シエンと申します。……聖女などとは畏れ多いことながら、女神の啓示により参上致しました」


 伏し目がちに、浅く頭を下げるだけ。けれどその様が、やけに似合って見えました。


「聖女、ユリナさま……!」

「あらっ。ちょっと、ラスティさん?」


 ……ラスティさんが神々しさに気圧されて跪いてしまいましたわ。

 これでは私、立つ瀬が無くってよ!

 と、言いますか。えっ。


 ……もしかして私、偽聖女だったりしますの?

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