第3話 涼二は一般人視点と言うにはちょっと強すぎませんこと?
「かああぁっ!」
殴った。
「きえああぁっ!」
蹴った。
殴った。
蹴った。
殴った。
蹴った。
さんざんに殴った。
めちゃくちゃに蹴った。
武器を構えて近づいてくる奴。
わけがわからなくなって、武器を投げ捨てて飛びかかってくる奴。
そのどちらも殴って、蹴った。
鎧の上からでも構わずだ。
殴り倒した奴の体を踏み越えて、次の奴が向かってくる。そいつを倒せばまた次だ。きりが無い。
槍が数本並んで振り下ろされる。突くのではないのか。そういえば何かで読んだような気がする。槍は、しならせて叩くのだ。長さと重さで、骨くらい簡単に砕いてしまうと──。
「くわっ!」
振り上げる蹴り。靴底が空を向いた。
頭より高く上がった足が、頭部を打とうとしていた槍の柄を受け止める。
槍持ちの兵士の目が丸く見開かれた。かわいらしい驚き方だ。槍を掴んで引きよせ、カウンター気味の肘を入れた。
次の攻撃が来ない。周囲に視線を向けると、いつの間にか両軍の兵士は、遠巻きにこちらを見ていた。
ざっ!
土を蹴るように、摺り足で一歩、前に出た。それだけで兵士たちは後ずさりした。
もう誰も手向かう意思がない事を見て取ると、舞音は額の前で両腕を交差し、細く息を吐き出しながら両拳を腰まで引きつけた。
残心であった。
……思いっきりやっちまいましたわ!
まだ右も左も分かりませんのに、その場の勢いで双方の軍をぼこぼこにしてしまいましたわ。
合計1000人くらいでしたでしょうか。その半分ほどは地面に転がっていらっしゃいます。
これは私、おたずねものルートなのではなくて?
「下がれ、下がれ! 道を空けろっ!」
「……あら?」
突然、前方から来た方の兵士たちが、二つに割れるように道を空けました。そこを歩いてくるのは──
「両軍、矛を収めよ! これ以上の戦いは無益である! 勝者は無し、敗者も無し! 負傷兵を救護し撤退するがいい!」
それは、男性と見まがうばかりのりりしさを備えた、鎧姿の女性騎士でしたわ。
兜はかぶっていらっしゃらないので、はっきりお顔が見えました。その長い金髪までも。
白馬に跨がり、片手で剣をかざして号令するお姿は、絵本の王子様のよう。
……もしやあの方が……私の〝ヒーロー〟だったりしますの!? 乙女系ノベルの如く!?
「そして、そこの少女よ。……あの、何者ですか?」
「あ、はい。マイネ・リクドウと申します」
もっのすごいドン引きの目を向けられましたわ。
ええ、素手で500人もの殿方を殴り倒した女なんて見てしまったら、引きますわよね。
それはそれとして、折角ですから西洋風な名乗りをしてみました。だってこの騎士の方も、顔立ちがくっきりと西洋風ですもの。
「マイネ────あの、あなたは……失礼ですが、魔人とか、そういう方でしょうか……?」
「わりと本当に失礼ですわね」
「申し訳ありません。ですがあの鬼神の如きお姿、とても人の領域にあらず……」
「私、そこまで怪物的でしたかしら……?」
「少女どころか、人間の口から上がるとは思えない奇声を……〝あひゃあああああっ!〟とか〝けええええええぇっ!〟とか……」
「そこはスルーしてくださる!? スキルの関係で仕方がないんですの!!!」
スキル──その言葉に反応したのか。双方の兵士たちがざわつきます。
ふふん。きっと、〝この世界ではスキル所有者は極めて貴重で〟とかそういう事情でしょう。
「あんなおぞましいデメリット持ちのスキルがあるのか……」
「ちょっとそこ、聞こえてましてよ!」
槍持ち兵士のひとりの声を厳しくたしなめる私。たしかにちょっと、餓狼伝には奇声と呼べるような声の表現が多いですけれど……。
「ぶ、部下が大変に失礼いたしましたマイネさま。私はラスティ・オース・ド・マキア。マキア公国が君主、オルソン・ド・マキアの長子でございます」
「あらっ。どこかの国のお姫様であらせられる。私など花巻市の一般市民でございますのに」
「そのハナマキシという国がいずこかは存じ上げませんが、はい。姫と呼ばれることもあります」
当たり前ですけれど、私の故郷を知る人はいらっしゃいませんのね。少し寂しい気持ちになりつつも、ラスティさんの言葉はまだ続くようで、そちらに意識を戻します。
「マイネさま。あなたはいったい、あのような場所で何を? ……本当に何してたんですか?」
「そちらの優秀な兵士に出会い頭刺し殺されそうになったと言えばおわかりですかしら? ……いえ、じつはこれこれしかじかで」
ということで私は、女神様との遭遇ですとか餓狼伝を布教した経緯、転生後に突然あの地に送り込まれた事、餓狼伝は熱い男たちの魂の交流であることや、握力が100kgを越えると刃物を無力化できることなどを話しました。最後のは漫画版じゃないかって? 細かいことですわね。
「……何割か分からない部分はありましたが、おおかた理解しました。つまりあなたは、予言に示された聖女様……!」
「聖女様だそうだ……!」
「聖女様だって……!?」
ラスティさんの言葉を聞き、兵士たちが口々に私を讃えます。ああっ、ちょっと気持ちいい。毎日点滴頑張って偉いねー、なんて褒め言葉は気分が落ち込むだけですもの!
「聖女様……!」
「拳の聖女様……!」
「蹴りも使ったぞ」
「投げ技もだ……」
「格闘聖女様……!」
「暴力の
「みなさまー? もう少し誇らしい称号をくださっても良いのではなくってー!?」
兵士の皆様は私に怯えきっているようですが、レディーの扱いをご存じないと見えます。いっぺんしばき倒してやろうかと思いますが、ぐっと我慢。聖女ですものね。
たったひとり、ラスティさんだけは綺麗な青いお目々をキラキラさせて私の両手を握ってきます。
改めて見てみると、ちょっと私より背が低くて、顔立ちも凜々しいけれど目はまん丸で、かわいらしいところもあるかも……。
「聖女マイネさま、どうか我らが公国にお立ち寄りを! あなたさまのお力を以て、この世界の戦乱を終結させてくださいませ!」
「願ったり叶ったりですわ! ちょうど、どこへ向かえば良いのか途方に暮れておりましたのよ!」
あちらとこちらの利害が一致。つまりWin-Winの関係が成立致しました。
そうして私は、ラスティさんの馬の後ろ側に乗せていただく事になったのです。
腰に腕を回して二人乗り。きゃあっ、ロマンティックなシチュエーション!
「さすが聖女マイネさま。逞しい腕をしておられますね」
「ロマンとかムードって概念はご逝去遊ばしたのかしら」
白馬がパカラッパカラッと駆けていきますわ。
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