第2話 良く考えると対複数の戦闘シーンってあんまり有りませんでしたわね(やさぐれ丹波はカウント外でしてよ)

 ということで無事に女神様の承認もいただいて、六道 舞音、転生ですわ。

 あの方はしばらく、1巻から読み返すとのことでして、私の動向はしばらくノータッチですとか。

 落ち着いたらちょくちょく様子を見に来ますよとの仰りようでしたが、期待してはいけませんわね。

 うっかり餓狼伝を読み返すと、止まりませんのよ。夜が明けますわ。

 次の日がお仕事だという方。一気読みは控えるべきでしてよ。


 ──などと言っているうちに、周囲の景色がはっきりと見えてきましたわ。


 あの後、転生のゴーサインが出た瞬間にいきなり周囲が真っ暗になって、そのまま数分ばかりの待機。

 その間にすこしだけ追加説明を貰いましたわ。

 ゲームシステムのチュートリアルというところかしら?

 ……ふふっ。この台詞を意味あるものとして言える日が来るなんて思いもしませんでした。


「ステーーーーーーーーーータスッ!」


 ほぼ決めぜりふのような勢いで叫ぶと、目の前の空間に、半透明の枠が表示されます。

 そこには私が十分に読める文字、つまりは日本語の、なぜか達者な筆文字で記述がございました。




 ────────────

 六道 舞音(マイネ・リクドウ)


 練度:1

 生命力:180

 精神力:388


 筋 力: 96

 敏捷性:154

 耐久力: 83

 魔 力:337

 抵抗力:479


 打撃力:671

 投 技:336

 関節技:425



 ・アクティブスキル

 取得不可


 ・パッシブスキル

《餓狼伝》

《丹波文七》

 ────────────





「……ザ・魔法系ジョブのステータスですわね」


 しかもどっちかと言うと回復系ジョブですわね。さすが聖女。スキルとステータスの噛み合いが酷くなくって?

 加えてなんですの、このアクティブスキルの取得不可というのは。

 スキル名を叫んで必殺技を発動するのは私には許されないとおっしゃいますの?


「それは、餓狼伝的ではあるまいよ」

「あら、影響されやすい女神様。ごきげんよう」


 遥か空から神託のように、つい数分前まで顔を合わせてた方のお声が聞こえましたわ。


「だが、そう心配するな。パッシブスキルの項目を見てみろ」

「まじまじと見ておりますけれども、書名と主人公名がぽつんと書かれているだけですわね」

「仔細は文字列のタップで紐解ける」

「タブレット端末を採用してますのね」


 異世界らしからぬハイテク技術に舌を巻きながら、ぽんっと文字列に触れてみますと。




 ────────────

 ・パッシブスキル

《餓狼伝》

 戦闘開始時、世界観が餓狼伝的に改変される。

《丹波文七》

 打撃・投げ技・関節技、全てをバランス良く高い次元で習得する。

 ────────────




「説明に言葉を裂いてくださってもよろしいのですわよ」

「もはや言葉は必要なかった。拳が雄弁に語るのだ」

「つまり、殴れと仰いますの?」


 とは言うものの私も餓狼伝読者の端くれ。言わんとするところは、こう、その、なんとなくわかりましたわ。

 つまり、戦闘ルールが餓狼伝的になった上で、私は格闘術を広く身につけると、そういう事なのでしょう。

 自分自身の努力や鍛錬の成果でないことだけ、ほんの少しのさびしくはありますが、ベッドに根が生えていた病弱令嬢でしたもの。しかたがありませんわ。


「私は読書に戻る。用心しろよ」

「そちらこそ、お知り合いとの会話の際に口調にはお気を付けくださいませね」


 天からの声が聞こえなくなりました。ですので改めて、周囲を見渡してみましょう。

 ここは小高い丘の上。お日様がぽかぽかと暖かい草地ですわね。

 すぐそばに森、遠くに山。植生を見ると、あまり日本的な雰囲気ではありません。近くに人工物は見当たらず、つまり街は遠いのでしょう。

 そこまで歩けるのか、という心配はありましたが、まずは──ごろ寝!


「ふうぅー…………何年ぶりかの直射日光ですわ……」


 私は仰向けになりまして、しばらくは日光浴を楽しんでおりました。

 私の体が病に冒され始めたのは、10歳になる少し前。最初の一年ほどは外出も許されていましたが、どんどん体調は悪くなり……。

 ふふっ。太陽や風や、草や木や。その形や色なんて忘れてしまったかと思っていましたけれど、そんなことはありませんでしたわね。


「……生きてて良かった、なんて。死んでましたわ私、完膚なきまでに」


 太陽の光が眩しいので、涙がこぼれてきます。目元を手で隠しても、それでもしつこく。

 自分が死んだら、自分はもう何も悲しまなくて済む筈でしたけれど。自力で立つことも横になることも出来る今の私を、両親に見せたかった──とは、思いますわ。


「……ふ、えぇ」


 ぽろり。涙が、また──


 ──どどどどどどどどどっ


「うるさいっ! なんですの、人が感傷に浸ってます時にっ!」


 ものすっごい勢いで大地が揺れたので、横になんかなっていられませんでしたわ。

 全力で跳ね起きます。音の方向は前後の二方向。


 ──うぉおおおおおおおっ


 あら。野太い声もたっぷりと。これは、これはもしかすると。


「戦争……かしら……?」


 ギンギラギンの鎧兜に身を包み、剣や槍を手にした殿方が、あっちに数百こっちに数百。

 なるほど。私、わかりましたわ。

 ここ戦場のど真ん中でしたのね。


「進めえーっ! 目の前の敵は全て討ち果たせ! 女子供でも容赦はするなぁっ!」

「憎きマキアの兵士ども、皆殺しにしてくれよう!」


 重武装の兵士たちは双方とも、進路上の存在を抹殺しようという気概に満ちあふれていましたわ。

 そして私は、その双方の進路の合流地点に突っ立っているのですわ。


「……あんの性悪女神ぃっ!!!」


 前方の軍、先頭の兵士が突き出す槍が、私の身体に迫って──





「あひゃあああああっ!」


 叫んだのは、舞音であった。

 姫川に敗北し打ちひしがれた丹波文七のように、舞音が叫んでいた。

 突き出された槍を左手で払い、体の右側に逸らしてかわしながら、右拳を兵士の顔面に叩き込んむ。

 その兵士は駆け込んできた勢いのまま、前のめりに倒れ込む。

 舞音は止まらない。

 背後に、気配。後方の軍の兵士が、後頭部めがけて、直剣を振り下ろしてきた。


「けええええええぇっ!」


 振り向きざまに、左の裏拳で剣の腹を叩く。そのまま右足で、地面から最短距離で、剣を持った兵士の腹まで、爪先蹴りを叩き込んでやった。

 めぎいっ!

 ものすごい音が、周囲の兵士たちの動きを止めた。

 舞音の蹴りは、金属製の鎧を貫通し、生身の肉体に食い込んでいたのだ。

 一撃で悶絶した兵士は、声も上げずに倒れた。

 舞音は戦慄していた。

 我が身の持つ破壊力にである。

 生まれて初めて人を殴りつけた拳が、ずきずきと痛む。

 靴の爪先が、破損した鎧の断面に引っかかって、蹴りの威力にも耐えかねて破れている。

 だが、そんなことがどうでもよくなるような高揚感があった。


「なっ、なんだあの少女は!?」

「て、て、て、敵かっ!? 友軍か!? どちらだ──」


 両軍の兵士たちが困惑している。どよめきが、舞音の耳には、祝福の声のようにも聞こえた。

 十数年前。医者や看護師や、両親が、捧げてくれたものと同じだ。

 六道 舞音は今、この世界に生まれ直したのである。


「ぉおおおおおおおおおおっ!!!」


 舞音は大空へ向けて産声を放つ。びりびりと、空気が震えた。

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