転生聖女ですが好きな小説の能力をもらえるというので武の道を極めることになりました 〜私の愛読書は餓狼伝〜

烏羽 真黒

第1話 続シリーズも嫌いではありませんのよむしろカイザー武藤は最高ですわ

 死にましたわ。

 いえ、唐突だったとかではないんですけど。享年17歳、お医者様の予想より3年長かったそうで。

 心残りは少しありますけれど、死んでしまったものはしかたない。涙をこらえて三途の川を渡りますわ。船着き場はどこかしら?


 あら?


 三途の川のイメージとは違いますわね。真っ白でだだっぴろくて、VIP病室のような雰囲気ですわ。死んでまで病室ごもりは勘弁ですわよ!

 ……というか、そもそも。私、歩いているのですね。何気に数年ぶりの経験ではなくって?


「違います。永久退院おめでとうございます」

「心を読まないでくださいません?」


 いきなり声をかけられましたわ。

 振り向いてみるとそこにいましたのは、昔読んだ絵本に出てきたような、きらきらと輝く女の方。

 もしかしてこの方は、


「そうです、私が女神です。はじめまして六道 舞音(リクドウ・マイネ)さん。微キラキラネームですね」

「心を読みつつ無礼を働かないでくださいません?」


 やっぱり。

 どうやら私は死んだ後、女神様にピックアップされたと見えますわ。

 知っていますわよその展開! 入院中は退屈で、そういうお話をたくさん読みましたもの!

 ……ということは! 私も夢にまで見た異世界超健康大暴れ生活が待っていますのね!


「はい。話が早いのはとてもいいことです。少々血の気が多いようですが」

「むしろ万年貧血でしたわ」

「では転生先は鉄分たっぷりの世界にしておきましょうね」


 世界観の鉄分量と貧血に関係はあるのかしら。


「冗談はさておいて」

「冗談でしたの?」

「数百年ぶりのお仕事で会話に餓えてるんです、すいませんね。ちゃんと色々の説明はしますから」


 やけにフランクな女神様が、優雅におじぎをなさいました。

 それから説明された話によると、つまりこういうことだそうです。


 この女神様のお仕事は、ある世界で不要とされて追い出された人を、必要とする別な世界へ運ぶというもの。

 ……私、不要品扱いでポイされたんですの?

 と詰めよったら視線を思いっきり逸らされたので、たぶんそれで確定ですわね。

 おっと、脱線ごめんあそばせ。

 とにかく私は世界に不要とされていたと。

 なので生前はひたすら運も無く、難病に苦しんだりお家が没落したりしたと。


「けれども、あなたを必要とする世界ではそんなことはありません」

「なら、揺れ返しでめちゃくちゃ幸せになったりできますの?」

「国家公務員になって即金で家を立てて老後も安泰くらいの幸せなら約束できます」

「パーフェクトではありませんの」


 その国家公務員というのが──聖女、なのだそうです。


「聖女?」

「あなたが行く世界の名はヴィネティアと言います。多数の小国が軍事衝突する大乱世。そこで祈りの力とか聖女のカリスマとか色んなものを駆使して、争いを収めていただきたいんですね」

「女神様がダイレクトに介入したらダメなんですの?」

「私、人間にスーパーパワー与えることはできるんですけどね。発動可能ペースが1人/数百年なので」

「コスパが最悪なんですのね……」

「だまらっしゃい。……とにかくそういう訳で、あなたに世界統一をお願いしたいんですよ。統一した後の世界でどれだけ贅沢してくれてもいいですから。隋の煬帝みたいにならなければ」

「隋の煬帝も殷の紂王も目指しませんわ。そこはご安心を」


 求められるハードルはそう高くないようですわね。ふむふむ。

 やらねばならないことはわかりました。では、あの、ところで……


「それでは舞音さん。さっきから心の中で〝そんなことはいいからさっさと教えてくださいませ〟と叫んでらっしゃる、チート能力に関してなのですが」

「心を読まないでくださいません?」

「重要ですからね、能力。……ちなみに最初に聞いておくんですが、どんな能力が欲しいとかありますか?」

「えっ」


 思わず腕組みをして首をひねってしまいました。

 いきなり聞かれると困るものですわね。ほしい能力。

 生前でしたら迷わず、どんな病気にもかからない健康ボディなんて答えてたのでしょうけれど、もう少し欲張ってみたい思いはありますし。

 かと言って、指先ひとつで全てダウンさせてしまうショックな能力は……なんというのでしょう。


「〝他人が使うのを見るのはいいけど、自分だと楽しくなさそう〟?」

「心を以下略」


 でも実際、そうなのですよね。雑兵を何百人単位でぶっとばす無双ゲーなるものを嗜んだことがあるんですけれど。

 あまり難易度を下げすぎて、どんな敵も一発か二発で倒せるようになってしまうと、ゲームそのものがつまらなくなってしまって。結局積みゲーのひとつになりましたわ。


「なるほど。ではちょうどいい匙加減の能力を……どうやって決めようかな……」


 ぽん、と女神様が手を叩いて。


「あっ。そうだ、小説とかからパクって来ましょうよ」

「クリエイターとしての誇りはありませんの?」

「全ての創造は模倣から始まるんですよ。それはさておき、あなたは色々本を読んでたらしいじゃないですか。その中に、この力を使えたら楽しいだろうなっていうのあったでしょう」

「それは、まぁ……」

「なんだったら、自分がその能力で作中世界に入り込む妄想とか」

「あっ、そういうのは管轄外でしてよ」

「楽しいのにぃ」

「……経験者でいらっしゃる?」


 視線を思いっきり逸らされたので、たぶんそれで確定ですわね。


「いいじゃないですか。さぁ、ほら! 早く好きな小説、1冊でも2冊でも10冊でも100冊でも持ってきなさいよ! そこから最高の能力を選んでプレゼントしちゃおうって寸法よぉ!」


 急に江戸っ子におなり遊ばした女神様をよそに、私の心は瞬時に定まっておりました。

 三途の旅路にと着せてもらった素敵なお衣装、お洒落ドレスの、ふんわり広がったスカート裏に作られたポケットを探ります。

 ありましたわ。餓狼伝 、第一巻(夢枕獏先生、双葉文庫)。棺にはこの本を入れてくださいと、固く言い残した甲斐がありました。


「では女神様。私はこれをいただきます」

「ほう。読んだことがありませんが、どんな小説なのですか?」

「熱い男たちの生き様を描いた格闘小説ですのよ」

「病窓の令嬢が読む本らしさは無いですね。……というか、格闘小説でいいんですか?」

「はい。なぜ?」

「地に足のついたパンチとかキックとか、地味じゃないですか。というか聖女になるんですけどあなた、祈りとかそういう方のスキルは?」

「戦いのことを手合わせと言いますでしょう」

「はぁ」

「手を合わせるということはつまり、祈ることなのです」

「わかりません」

「らちがあきませんわね。ええい、とにかくお読みなさい!」


 私は女神様に餓狼伝の第一巻を押し付けましたわ。

 待つこと2時間ばかり。


「……丹波のおっさんよう」


 女神の、噛み締めた歯の間から、獣のような呻き声が漏れた。


「……続きはありますか?」

「第二巻、どうぞ」


 ポケットの内側に、いつのまにか湧き出していた第二巻を差し出す。待っていたとばかりに女神は飛びついた。


「くむぅ」

「ぐっ」


 読み進める度、女神が声を上げる。腹の底から涌き上がるものを飼い殺そうとしているようだ。

 いいぞ。私は心の中で叫ぶ。

 そうして、苦しみに耐えてのたうち回る新しい読者の姿を、既存読者は見たいのだ。自分がいつかやられた技を全く同じように浴びて、藻掻く様を眺めたいのだ。


「プロレスか」


 女神が言う。


「やれるのか、この化け物たちと」

「失礼ながら女神様、あなたはプロレスを舐めておられる」

「ほう?」


 小さな微笑で、女神の問いを受ける。


「梶原を、マッド・ドッグを、もう忘れた訳ではないでしょう。プロレスは強い。プロレスは、やれる。侮るなよ」

「────────」

「侮るなよ、プロレスを。侮るなよ、長田を。三巻読みますか」

「おう」


 後はもう、ずるずると、終わりまで行ってしまった。

 全13巻。それが、私が生前に読んだ全てであった。続編、新・餓狼伝は4巻まで出版されている。その完結を見届けられなかった。数少ない、悔いであった。


「ぷはぁ──」


 主観にして丸一日が過ぎた時、女神が太い息を吐き出した。海の底から戻ってきたようであった。


「餓狼伝──」

「うむ」

「──たまらぬ小説であった」

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