#2 Expiration date of genius

 天城一姫てんじょうかずき

 音楽界隈で生きている者ならば、その名を知らぬ者はまずいない。いるはずがない。いるはずもない。いるわけがない。いるわけもない。

 幼少期よりピアノを習い始めた彼女は瞬く間に、技術を身につけ、数々のコンテストやコンクールで賞を総なめにした。

 その才能は高校生になってもさらに磨きが掛かることとなった。やがて彼女の立つステージはコンテストやコンクールではなくなり、作曲など新たなステージへと進み始め、そこでも数多くの名曲を生み出し、日本のみならず、海外からも注目を浴びるようになった。

 しかし、だがしかし、ある日、その日、この日、どの日、突然として彼女は音楽界から姿を消した。跡形もなく消えた。

 姿を消した彼女のその後を知る者は少なく、姿を消して以降、彼女が再び世に名を刻むことになったのは、その訃報となってしまった。





 《100パーセント、ダウンロード完了》

 パソコンのモニターにそう表示された。

 と、同時に何も触っていないというのに、起動していないというのに、ソフトが勝手に起動し始める、ひとりでに起動し始める。

「え? おい、どうなってんだよ?」

 すると、モニターに1人の女の子が表示された。

『ハジメマシテ、ワタシハ《ルルシア》。ヨロシクオネガイシマス』

「………」

 画面の向こう側の少女は白い長髪に、青いパーカーにミニスカートというよくわからない出立で、僕に自己紹介をした。

『アナタサマノ、オナマエヲ、オシエテイタダキタク、ゾンジアゲマス』

「僕の名前? そんなの訊いてどうする?」

『コンゴカツドウヲ、トモニシテイクナカデ、ジコショウカイハ、ヒツヨウナコトダト、オモッタノデスガ』

 ルルシアは淡々と言葉を話す。

 これが現代AIというものなのだろうか。

「今後の活動って、僕はまだ活動するなんて言ってないだろ」

『カツドウ、シナイノデスカ?』

「しない。とりあえず、起動してみただけだ。変な期待されても困る」

 僕はそう言って、ソフトを終了させ、パソコンの電源を落とした。

「音楽なんて、今更やるわけないだろ……」

 そのまま目を閉じた。




 次に目を覚ましたのは、ガチャっという玄関の鍵と扉が開けられた時だった。

「ただいまー」

 叔母さんが帰宅した。

「おかえり」

「ん?」

「何?」

「いやー、今日はなんだかご機嫌じゃない?」

「はあ? 不機嫌の間違いだろ」

「そうかな? 私にはご機嫌さんに見えるけど?」

 叔母さんはそう言いながら、晩御飯の支度に取り掛かった。

「今日の晩御飯は?」

「なんだと思う?」

「今日は私の大好きなオムライス!」

 そこは普通、通常、セオリー的に、私のではなく、貴方のだったり、君のだったり、僕のだったり、するのではないだろうか?

 このタイミングで自分の好きな物を作ってどうする。



「「ごちそうさまでした」」



 晩御飯を終え、僕は自室に戻る。

 そしてパソコンの電源を何気なく、何の気なく、入れた。

 パソコンが立ち上がり、起動し、ホーム画面が表示されるとその画面にはルルシアが映っていた。

『コンバンハ』

「………忘れてた。ってか、ソフト起動してないのに、なんで当然のように、ホーム画面にいるんだよ!?」

『ソレハ、ワタシガ、コウセイノウ、ダカラデス』

「ポンコツの間違いだろ」

 そしてパソコンの電源を落とした。

「ったく、何なんだよ……」

 ベッドに横たわりながら、そんなことを呟いていると、

「こんな時間に誰と話してるの?」

「!?」

「もしかして、彼女!?」

「違うから。もう寝るから出て行ってくれ」

「はいはい、おやすみなさいね」

「おやすみ」




 翌日ーーー

「それじゃあ、私、先に行くわね。戸締まりよろしくね」

「うん、いってらっしゃい」

 叔母さんは僕よりも先に家を出た。そしてその後を追うようにはしていないが、間も無くして、僕も家を出た。


 学校に到着すると、1人の女子生徒が僕の元にやってくる。

「ねえねえ、そろそろ軽音部入らない?」

「ごめん、入らない」

「えー、なんでー? 楽しいよ?」

「入らないし、楽しくない」

「そう決めつけないでさ」

 こうして、そうして、ああして、どうして、しつこく僕に食い下がってくる、食らい付いてくる、この女子の名前は雨宮紫音あまみやしおん

 同じ高校2年生で、隣のクラス。同じクラスですらない。なのに、彼女は毎度、休み時間、昼休み、放課後と、時間ができる度に、僕を勧誘してくる。

 そんな時間があるなら、僕の勧誘に割く時間があるなら、部活に行けというものである。

 彼女の勧誘を僕は高校1年生の時から断り続けているというのに、なぜ彼女は諦めないのだろうか、彼女の脳内に、彼女の辞書に、脈無しという文字はないのだろうか。

「あっ、もう時間だ。私は諦めないよ! 君の才能は軽音部でこそ輝くんだから!」

「はいはい」

 雨宮は嵐のように去っていった。そして嵐が去ったように、その場は静けさだけが残った。




「どうして入らないの?」

「今度は誰だ?」と、振り向くと、今度は同じクラスの沙波杏奈さなみあんなだった。

 彼女は雨宮のように活気立っている女の子というよりは、どちらかというと大人しめで、物静かな眼鏡女子という見た目をしている。

 それは見た目だけではなく、彼女の立ち居振る舞いも、大人しめで、控えめなのであった。

「僕はそういうのに興味ないから」

「そうなのか? 私はそうは見えないな」

「どうしてそう思うんだよ?」

「うーん、どうしてだろう? 直感?」

「直感って……」

「でも、私の直感は当たるんだよ? いつかせてね。貴方の音楽を。ふふふ」

 そう言って彼女は自分の席についた。

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