電脳世界《ムコウガワ》の歌姫
千園参
#1 Old talent
音楽は自由。
何にも縛られない感性。
海のように広大で先のない未完成の表現技法。
永遠に覚めない夢。
人を幸せにする魔法。
昔、それはいつの昔だったか、大昔だったかもしれないし、案外最近のことだったかもしれない。
そんな昔、誰かが言ったんだ。
《囚われている心は、囚われた音を出す》
僕の名前は……。
いや、名乗るほどの名前ですらないのかもしれない。
スマートフォンのアラーム音『悲愴』で目を覚ます。
どこにでもある普通の一軒家。少し違うところがあるとすれば、1階にグランドピアノがあるということぐらいだろうか。
自室のある2階から降りると、リビングにはジューという、油で何かを焼いているようなそんな音が聴こえる。香ばしい音が聴こえる。
僕はこの音が好きだ。日常感に溢れたこの音が何よりも好きだ。
「あら、起きてたの? おはよう。せっかく優しく起こしてあげようと思ったのに、残念。」
「おはよう、それが嫌だから、自分で起きてるんだよ」
この人は僕の血縁関係にある人ではない。
わかりやすく言えば、赤の他人である。
では、それでは、この人は誰なのか。一体全体何体なのか。
この叔母さんの名前は
どうして僕がこの人と一つ屋根の下で暮らしているのかというと、父さんは僕たちを置いてある日突然姿を消した。今もどこにいるのかわからない。
そして母さんは父さんが失踪してから苦労がより一層増え、僕が小学生の低学年、まだ色々とあやふやだった頃に、病でこの世を去ってしまった。
父は失踪し、母は病気で他界したことで僕は身寄りを失った。父方の両親とは父の失踪を機に、繋がりが途絶え、母方の両親はここからは新幹線と電車で3時間以上離れた場所の田舎に住んでいる。
普通ならばそこに預けられるのだろうが、何故か僕はこの人の元に預けられることになった。
そして今に至る。
「朝御飯できたよ」
「うん」
テーブルには目玉焼き、こんがりと焼かれたベーコン、サラダ、豆腐、納豆が並べられていた。
「「いただきます」」
「最近どう?」
叔母さんが僕に尋ねる。
「どうもしないよ」
「どうもしないの?」
「うん、どうもしない」
「そっかー、好きな子とかもいないの?」
叔母さんは尚も食らいついてくる。
「いないっての」
「残念、、でもないか?」
「?」
「ううん、こっちの話」
「変なの」
朝食を終え、終えた後は、支度を済ませ、学校に向かう。
「鍵持った?」
「うん、大丈夫」
「私、今日も遅くなると思うから、大人しくしててね」
「子供じゃあるまいし、大丈夫だよ」
こうして家を出た。
学校では誰とも話すことなんてなく、ただ、ただただ授業を受けて、終えて、帰るだけ。それだけ。これだけ。あれだけ。どれだけ。
学校を終えた帰り道、僕はとあるお店に寄り道をすることにした。足を運ぶことにした。
そのお店は楽器からCDなどなど、音楽全般の商品が販売されている。
僕がたまたま手にある商品を持ったところ、渋い顔でいて、渋さの中に格好良さと若々しさを併せ持った、中年の店長に声かけられた。
「おっ。お兄ちゃん、ボーカロイドに興味があるのかい?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「でも、今待ってるの、ボーカロイドじゃない?」
「たまたまだよ」
そう言って僕はボーカロイドソフトを棚に戻そうとしたその手を、店長は握って止めた。
「まぁ待てよ」
「何?」
店長はボーカロイドソフトのパッケージに目を落とすと、次のように続けた。
「お前さんがそれを手にしたのは、偶然か、将又、必然か。それは俺にはわからねぇ。けどな、音楽ってのはそんな《然(ぜん)》を引き寄せる力があるんだ。そいつはお前さんにくれてやるよ」
「はあ? こんな高いソフト買うお金なんてないぞ」
「くれてやるって言ってんだ、金は取らねぇよ」
「なんでだよ?」
「うーん、なんつーか、俺にもよくわからん! ただ、なんか、こう、感じるんだ。お前からは特別な何かを。感じさせてくれるんだ。どうだ? やってみないか?」
店長は詰まる言葉を必死に紡いだ。
「……わかった。やるかはわからないけど、貰えるものは貰っておくよ」
「おう、そしていつか俺に見せてくれ、お前の音楽を」
そしてまるで子供のように目を輝かせた。
「そうだ、紹介が遅れたな。俺はこの店の店長をやってる
「僕は
「そうか、いい名前だな。また来いよ」
「考えとく」
こうして、そうして、ああして、どうして、お店を出た僕は帰宅するなり、デスクトップ型パーソナルコンピュータを起動した。
縮めてパソコンが起動するまでの間、貰ったソフトのパッケージを眺めていた。
「人工知能搭載のボーカロイド、ルルシア。あなただけの音楽の特徴を学び、理解し、その手助けをしてくれる。思う存分あなたの音楽を楽しみましょう。これがあればあなたも一流音楽家……。本当かよ」
ディスクをパソコンに入れると、ソフトのダウンロードが始まった。
「音楽なんて二度とやらないと思ってたのに……」
僕のそんな思いとは裏腹にパーセンテージは進んでいく。
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