第4話 競売品と化した俺!?

「うぅ……ここは……?」


 頭に鉛が入ったかのような最悪の寝起きが遅い掛かっている。それに頭だけじゃなくて体も妙に重い。

 くっついたのかと思うぐらい重い瞼を開けると淡く揺れる光と灰色の天井が見える。身体に変な痛みはない……どうやら命は助かったみたいだ。

 あの石の通路で起きた事おぼろげでも覚えてる。変な連中に出会った。その後急に気を失った。何をされた? あの次がここ。記憶の繋がりがまるで無い。麻酔か何かでもやられたのか?

 それにここはどこだ?


「では1週間後に」

「ぐふふふ。高く売れよぉ~」


 聞き覚えのある下卑た低い声。声のする方になんとか顔を向けると、鉄格子の先に部屋を後にする大男の姿とスーツみたいなの着込んだ身だしなみが良い男……。

 鉄格子!? それが意味することが何か、悪い想像が噴火するように溢れた。

 もはやなりふり構ってられない。無理矢理体を回転させて身動きを取ると、体を支えるものが全て消え――。


「いてっ!」


 全身に痛みが走る、落ちた所に視線を向けるとどうやらベッドに寝かされていたらしい。

 偶然にもこの痛みのおかげで肉体精神共に目が覚めてくれた。まだゆっくりとしか……いや、何か腕が変だ? 視線を下に腕を見ると俺の両腕は金属の錠で封じられていた。

 手首から肘の半分を覆う太く厚い金属。腕の間は金属で繋がりがっちりと固定され顔をかくことすら困難な拘束。思わず捻ったり振ったりして自由の身になろうとするが到底抜け出せる代物ではないのが理解させられた……が、意外と軽い。


「おや? 目が覚めましたか。いやぁあなたも災難でしたね。転移したてとは。しかしご安心を、危害などは与えませんよ」

「ここはどこだ!?」


 聞かずともわかるが、問わずにはいられない。何故かどう見ても牢屋の中に俺はいる。まだ何も犯罪も犯していない俺が入るには早計すぎる部屋だと文句を言わざるを得ない。


「ここは地下の競売場。あなたは売られたんですよ。そしてこれから商品として出品されます」

「は?」


 どういうことだ? 「商品」? 人間の俺が? つまり人身売買? 奴隷か何かか?


「ちょっと待て! 別に俺はあいつらの仲間でも何でもなければ、誰の所有物でもない。売買なんて成立しないだろ!」


 流石に焦る。こんな簡単に人間の売買が成立する世界なのか? 

 自由を求めたはずなのに誰かの鎖に繋がれるような未来なのか?

 納得の欠片すらできる訳が無い!


「ええ、確かに『普通』の人間ならこんなことは許されません。しかしどうやらあなたは転移したて、どこの国に属している訳でもない。残念ですがあなたには守る法も権利も適用されない。つまりは、その辺の野生動物と大差ありません。捕まえればその人の所有物と変わります。そうなってしまえば後は所有者の自由。そして、売買が成立したという訳です」


 冷静に淡々と、事実だけを話す確固たる安定感ある口調。嘘をついてる声質じゃない。

 夢であって欲しい。望んでいた前の世界ではありえない状況。他人事で済ましたい、飲み込むにはあまりにも重すぎる。

 もっと穏やかな異世界の経験を楽しみたかったのに。こんなの俺が望んだ未来じゃない!


「そんな理屈が――」

「通りますねえ! ならばお答えください! どこの国の出身であるのか! その国の人間だと判明すれば国毎の人身売買のルールに則り解放されるかもしれませんねえ!」

「……」


 知る訳ない。

 前の世界の国の名前を言った所で助けが来られる訳が無い、意味が無い。完全に詰んだのか?

 いや、冷静になれ俺。慌てたところで良い事なんて一つもないのは分かってるだろ。真っ白になりかけてる頭を何とか動かせ! 受験や就活それで失敗したことは何度もあった。今ここに俺に手を貸してくれる人はいない。自分しか頼れる存在がいない。

 よく見ろ、暴れたところでこの牢が破壊できそうにない。それに地下と言っていた。仮に脱出できたとしても出口の数は決まっている。最悪殺される未来もある。

 でも、悪いことだけじゃない。意図せずとも答え合わせが一つできている。俺はこの世界の人達と完璧に「会話」できている。

 ならすべきことは決まっている。


「……なあ、話は変わるけど『異世界人』って珍しいのか?」


 変えられない状況に悲観するぐらいなら、せめて情報を集めるべきだ。ここは夢じゃない、けど夢にまで異世界。この状況は最悪のように見えて最悪じゃない。

 この問いの答えは聞かなくても想像できる。

 こんな手錠をはめられているけれど、俺自身に何かされたわけじゃない。体が無事で気持ち悪いぐらい丁寧に商品として扱われている。安物の硬いベッドとはいえな。

 加えて若い女でもない、ギリギリ若いと言えるか言えないかの26歳の男なのに。普通だったらもっと雑に扱われてもおかしくない。


「おや? 大きく話しが変わりましたね。まあ、いいでしょう。返答としては『珍しい』。それも非常に」


 その答えに少し安堵の溜息が漏れてしまう。

 ただ気になるのはあの盗人も俺を見て『異世界人』って答えを出していた。それぐらいに当たり前の存在なのか?


「けどどうして商品としての価値があるんだ? 世界は違えど同じ人間じゃないか? あんたと見た目的には身体の造りはそう変わらないし」


 今話してるコイツはどう見ても人間の男。顔の造りも大差ない。目が二つ、鼻一つ、口一つ。髪の毛フサフサ。腕や足の数も変わらない。何が価値に繋がるんだ?


「簡単ですよ、あなた方別の世界から来た人間は私達が持つ知識とは別の知識。もしくは大きく発展した技術の知識を持っています。あなたが持っていたコレのように」


 そう言いながら手に持ったのは長年俺と共に過ごして来た魂の相棒とも言える存在。


「俺のスマホ!」

「なるほど『スマホ』。実に素晴らしいものですね、時間を忘れそうになる程有意義かつ興味深い情報、技術が詰まっていて驚きが隠せませんでしたよ! どれだけの金額になるか今から楽しみですよ」

「なっ! まさかそれも売るつもりなのか!?」

「当たり前じゃないですか! 異世界人のあなた、異世界の道具、金持ち連中にとって自慢できる希少性! 欲望の渦が凄まじいことになるでしょうね!」


 俺のスマホにノートPCが丁寧に上物の布に乗せられている。俺の牢屋のベッドと比べると向こうの方が格があるように見えてしまう。

 それよりも正直に言えばアレらは俺の手元に置いておきたい。使用できるかどうかじゃない中身の問題だ。これまで積み重ねて来た俺のお宝画像や動画が大量に詰まっている。他人に見られれば俺の内面が恥ずかしい方向で完璧にバラされてしまう。

 と思ってしまうが、ここは異世界。そんな事態になんてなるわけが無い。

 スマホはロックをかけてないから電源点けてタップすれば誰でも操作できてしまうが、焦る必要は薄い。この世界に充電できる設備が無ければスマホならそろそろ眠りに付く。

 PCはパスワードが掛かっているし起動すれば1日と持たない。

 しかし、世界の転移で諦めるのは娯楽だけじゃなく性のお宝も巻き込むとは思わなかった。悔み切れないが受け入れるしかない。電気とかコンセント普通にある世界ならヤバイけど、まあ大丈夫だろ、ここの灯りも電球じゃないし。

 むしろ重要なのは―― 


「おい、せめて服とか鞄は返してくれ!」


 パンツとかは絶対に重要だ。こっちの下着事情がどうなってるか知らないけどトランクス以外を今更履けと言われても十五年以上これで過ごして来たんだ拒絶反応が出るぞ絶対に。


「まあ焦らないでください、衣類はあなたを購入してくださった方に付属品として渡すつもりですから。価値を高めるためにもしっかりと別の世界の人間である証を身に着けていただきませんと話になりませんからね」

「それならいい」


 もう俺にできることは、優しい人に買われることを祈るしかない。

 諦めた訳じゃない。受け入れて進むしかない。異世界であることは変わらないのだから。

 さて、足掻く理由も無い。多少は余裕がでてきたので限られた視界の中で周りを見るとしよう。

 やっぱりと言うべきかここ以外に牢屋があったり、小動物が収まっている金属製の籠がある。

 競売場と言うだけあってか煌びやかな物品も幾つも並んでいる。

 前の世界で見た事のないような鮮やかな羽や、禍々しい模様の捻じれた角、見ているだけで威圧感に飲まれそうな剣、目が奪われるほど綺麗な宝石、風景が今にも動き出そうな絵画。

 俺が夢見たロマンの欠片が確かにそこにあった。

 ここって本当に人身売買をやってるような競売場であってるんだよな? そう、疑問が浮かぶほど煌びやかな物が集まっている。

 裏や闇、表で堂々とできない商売を行う場所だと思っていたのに違うのか?

 他にも牢屋があって、人影も見える。隣からも何かやってる音は聞こえるけど明らかに静かすぎる。

 ここは刑務所のような犯罪者が捕えられている場所じゃないはずだ。最初の俺みたいにもっと足掻いている人がいてもおかしくないのに、まるで流れに身を任せているかのように受け入れている様子。


「さて、そろそろ競売が開始されます。あなたには最後を飾っていただきます。おっと、興奮のあまり大事な商品名を聞きそびれていましたよ」


 この場所の状況にこいつの話を信じるなら俺は希少価値のある『異世界人』。最悪は無いはずだ。


「神野鉄雄だ」

「カミノテツオ。いい名前です」


 心臓のドキドキが嫌な風に鳴っている。上手くいけば順風満帆の生活が待っているかもしれない期待感。ひょっとしたらという緊張感。

 決まっているのはただ一つ、この世界における俺の希少性。きっと輝かしい未来に繋がってくれるはずだ。

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