第3話 異世界人との邂逅

「あれっ?」


 冷えた感触と頬にザラ付いた感触。

 どうやら床にうつ伏せに眠っていた。それに変な夢を見ていたような

 異世界に転移……。


「っ!?」


 急いで立ち上がって頬を抓って痛みを感じる。

 何が何だったのか夢じゃなかったのか思い出す。記憶にあることを洗い直せ!

 山を登って、神様に出会った。そして縄でできた門をくぐってよくわからない場所に来た。ちゃんと覚えてる、それにこの場所! 夢じゃない!

 記憶が正しければ何か斧みたいなのを握った。けれど記憶はあっても本体は無い。

 障害物が無いこの場所ならぐるりと一回転すれば分かりそうだが何も無い。

 夢じゃない、けれど無い。幻聴に誘われたのが夢? 到着した時が夢?


「何が何だかだ……」


 一度眠ってしまった影響か大分心が落ち着いてきた。

 良くも悪くもこれからどうすべきかの不安が大きく膨れ上がる。食料、住む所、お金……。この世界で生きていくための基盤作りにどう着手したらいいものか。

 あの不思議な現象を身に受けても何かが変わった様子がまるで無い。

 神様が言語が分かる力を与えたと言っても、あいにくここには人の気配が無い。

 元々才能が無い人間が別の世界に行ったところで何かを発揮できるのか?


「逆方向に進めば何か変わるか……?」


 スマホを点けると充電は半分を切っていた。心元ないが唯一の灯りはこれだけ。ライトを点けて前を照らすと煙のような闇は消えていた。光を遮る要素は無くなり。遠くまで明るく照らしてくれた。


「こうして見るとまるでRPGのダンジョンみたいだな」


 窓の無い、石を重ねて作られた通路。ただ、燭台と言えるようなものは一つも無い。懐中電灯を所持していることが前提のような造りだ。

 同じような視界、聞こえるのは俺の足音と呼吸音。延々と続きそうな長い通路にも終わりはあった。

 そして、静寂にも終わりが響き渡った。


(何かが近づいてくる!? 動物? 人間? それとも?)


 複数の足音が混ざり響き合って俺の耳に届く。

 俺の知識が意味を成さないような生物が現れるかもしれない焦り。離れようにもここは一本道、逃げ場は無い。

 選択する暇も無く光が交差した。


「おっ! おおおお!? 誰かいるじゃねえか!」

「騎士団!? いや……そんな風体じゃない」

「先客? の割には普通の人間っすね」


 同じ人間。大男一人に若い男二人の三人組。望んでいた人との接触に理解できる言葉。だけれど半裸のような破れた服装に汚れた体。品の無い顔つき、濁った声。真っ当な仕事についてない風体。相手にしたくない人種だというのはすぐに理解できた。

 加えて上等な料理を目の前にして舌なめずりしているような嫌らしい視線。


「妙ですね正当な理由で足を踏み入れた者はいないはず。同業者では?」

「いや待て。こいつからは同業の匂いなんて欠片もねえ、それにこの服装に靴! そして謎の道具! 見た事ねえ! ひょっとしたら噂に聞く異世界人じゃないのか!?」

「それなら調べるっすよ!」


 やばい! こんな盗人みたいな人間。下手したら身ぐるみ剥がされて殺されかねない。とにかく逃げ――


「念のため麻酔針を持ってきて正解だった」

「よくやったぜえ~」



 あっさりと眠りにつかされた鉄雄は三人組の盗人達に両手両足を縛り上げられて身動き一つ取れなくなる。

 所有者が移り変わったかのようにリュックの中身が我が物顔で暴かれていく。


「見て下せえ兄貴! この背嚢はいのうの形といい初めて見るもんばっかりすよ」

「俺の勘に間違いは無かったな! 売れば高くつくぜこれは!」


 全てのポケットを開かれ電子機器、服、財布、ペットボトルと全ての持ち物が開帳される。それらの品々を見て下卑た満足気な表情を浮かべる。


「狙いの『惨劇の斧』はどうしますか?」

「ここに入ってから『魔力』が奪われる感覚がねえからな、通路が間違ってるかこいつが奪ったかのどっちかだろうな」

「でも、どこにも無いっすよ?」


 体を入念にまさぐったり、リュックの奥底に付いてないか念入りにチェックするが何も無い証明にしかならない。


「そんな危険物よりこの上物がありゃ十分すぎる。コイツ一人で何万キラいや何十万って金が手に入るかもしれんからなぁ。ぐふふふ!」


 目的の物は手に入らなくても、むしろこの方が良かったような上機嫌の顔を見せつける。

 しかし、その顔を一瞬で真剣な物に切り替える音が響き始める。


「まずいな、上の連中が来ちまう。そいつを連れてさっさと脱出だ! 荷物を忘れるなよ、後ケガ1つ付けるな! できるだけ綺麗に届けるぞ!」


 運良く命の心配から逃れることはできた。そう、命だけは助かっている。これからどうなるかは眠ってしまった鉄雄には足掻くことも身構えることもできない。

 目が覚めた時の状況を受け入れるしか彼にはできない。


「了解っす!」

「それなら『ライトニア王国』ですね。あそこならいい趣味してる錬金術士も多いでしょう」

「決まりだな!」


 部下の二人に鉄雄と荷物を任せ、急ぎ足でその場を後にする。鉄雄は無骨な男にお姫様抱っこの形で運ばれていく。見苦しい姿を理解せずにこのまま気付かずに眠り続けることが幸せだろう。

 彼等は自ら掘り進んだ横穴から脱出し、上部から響かせている足音の者達と鉢合わせることは無かった。

 そして現れる、重厚な装備に包まれた数名の鎧武者。 

 鋼鉄の盾から覗かせるようにカンテラの照らす先は鉄雄がいた広間の中心。


「やはりか……」

「まさか盗まれたのか! あの『惨劇の斧』が!?」

「こんな真昼間に!?」


 焦る声色に揺れ動く光。想像にも無かった出来事に不安な声は止まらない。

 周囲を細かく探すも、障害物の無いその空間では無くなったという事実を証明しているに過ぎなかった。


「昼だから『魔光石』の灯りがついたのにも気づき難かったのもあるが。いや、それよりも早く盗人を探し出せ! 出入口は一つ、既に抑えている以上盗人は部屋に隠れているか作られた脇道を利用しているかのどちらかだ! 探せ!」

「「了解!!」」


 徐々に明るくなり始める通路と部屋、これまで闇に隠されていた詳細が暴かれる。

 鉄雄が眠ってしまっていた大広間、白い壁に大量にこびりついた赤黒い痕、波飛沫、斑点模様と様々に色濃く描かれていた。

 そして、床は元々の色を残さないほどに真っ黒に染め上がり、白い通路とは別の世界のように区切られていた。


「誰が盗んだか知らんがアレの恐ろしさを分かっていないのか? 最悪国が滅びるぞ……!」

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