第2話 闇が呼ぶ声は希望か絶望か?

 闇の門を潜って何秒たっただろう? 周囲は真っ黒い煙のような闇が繭みたいに包んでいる。どこに移動しているのか速さも方向もわからない。ただ進んでいるということだけだけがわかる。

 重力なんてあるのか無いのか、心臓のドキドキも徐々に落ち着いて来た頃、急に自分の体が押さえつけられたような感覚に襲われる。


「おっとっとと!? ……着いたのか? 何だここ!?」


 到着したと判断していいと思うが、目に映るのは闇。明るい景色が待っているかと思っていたのにとんだ仕打ちを受けたものだ。

 冷静に状況を確認すると、光と言える光を感じられない。夜かと思って上を見上げても真っ暗。それに、風も感じなければ自然の音も聞こえない。俺が発した声が反響するほど静かだった。外では無いのは確かだろう。


「そうだ、スマホの灯りで……」


 電源を入れてホーム画面を確認すると電波強度が『圏外』と表示されている。半信半疑な転移に現実味が増して来た。

 ライトアイコンをタップして周りを見渡すと光が疎らに広がる。虫かと一瞬身じろいでしまったが何もいない。霧か煙か何かに遮られているのか?

 それでも周りの状況は確認できた。

 洞窟かと予想していたけどここは室内。なにせ見事なまでに壁と床は平らに石造りで作られている。ただどうやらここは通路の途中で、前と後ろに先の見えない闇が続いている。

 どこかの大空洞でわかりやすく転移って形にできなかったのやら……。

 それに窓も扉も見つからないから外の状況がまったくわからない、どこかの建物の通路なのは間違いないんだろうが、高さがわからないのも不安だ。扉を開けたら崖でした。なんてことになったら転移した意味が無い。

 唯一の救いは野生動物や気温気候に襲われる心配が無いということだ。新たな始まりの準備をここでできるかもしれない。

 ただ一つの大きな懸念点。


「この煙って一体なんだ……?」


 今最も自分に害がありそうな要素。無味無臭、肌に触れても鼻に入っても刺激に襲われることは無い。

 手を振るえばなびくように形を変える。触れた箇所に付着するわけでもない。ガス、霧、煙、どれでもあるようでどれでもない。

 毒性ならもう状況的に死を受け入れざるを得ないが、幸運にも今のところ体に影響は無い。


「本当に別の世界に来たんだよな?」


 言葉にして、周りを見て、音を聞き、匂いを嗅ぐ。殆どが曖昧でも逆にそれが事実だと示しているようだった。

 何もわからない知らない教えてもらえない状況。心がドキドキする。未知の世界に移動できた好奇心か、完全な孤独に放り出された不安なのか。それだけじゃなく、前の世界の縁もこれで途切れただろうという達成感もあった。

 だが、神様の最後の言葉。


「あの神様「終わるため」って言っていた? どういうことだ?」


 終わる。つまり「死ぬ」? ここで新たな始まりをして老いて終わるってことでいいのか?

 今は命に関わる状況じゃない。殺すために転移させたのは考え難い。まあ、そんな後ろ向きな考えは捨てておこう。夢にまでみた異世界。改めて何をしたいのか考えるのも良さそうだ。やりたいことなんて星の数程ある。

 とにかくここでのんびりしていてもしょうがない。前後どっちでもいいから進まないとな。

 ただ、俺は冷静。異世界に来た好奇心はあれど馬鹿みたいにはしゃぐ程子供じゃない。左手を壁に触れさせて道を進む。流石に迷路ではないとは信じたいが……。


「ループしてないよな……?」


 変に暗くて変わらない景色、歩いている。止まってない。けれど変わらない。自分の知っている常識が通用しない世界だと考えれば。何が起きてもおかしくはないが――。


「っ!? 何だ!? 煙が!」


 風なんて流れていないのに全身を黒い煙が覆い始めてくる。急いで振り払っても背後に跳んでも明確な意思を持ったかのようにまとわりついてくる。

 何かトラップでも踏んだのか? いや、変な感触は何も無かった!

 スマホのライトが意味を成さないぐらいに周囲の闇に飲み込まれ全身に圧がかかる。

 そして、俺の背中が何かに押され歩む先を決められる。

 

(こっちじゃ)

「誰だ!? どこだ!?」


 俺の声だけが反響する。俺に届いた声は耳というより頭に直接届く声。どこにも誰もいない。足音なんて聞こえない。


「体が勝手に……!?」


 自分の意思とは違う。黒い煙に体が操られるかのように足が進む。逃げることは許されない。完全に捕えられた。


「まさかこれが「終わり」?」


 超現象にワクワクする心と、恐怖する心。跳ね上がる心臓。終わりたくないと思っていても打開する為の引き出しの中は空っぽ。足掻く武器も知恵も入っていない。

 大人しく逆らわず、この煙の望む先に進んでいく。すると――


「……何かが頭に浮かんでくる?」


 闇の中で夢を見るかのように、風景や物語が流れていく。


 復讐。こんなはずじゃなかった。俺は悪くない。アイツさえいなければ。邪魔。欲しい。ふざけるな。俺を認めろ。才能があれば。俺を見ろ。見捨てるな。殺すしかない。力があれば。生まれてこなければよかった。俺は悪くない。この世界が悪い。何故俺じゃダメなんだ。人じゃない。劣等種。悔しい。奪うな。腐ってる。変えないと。変えなければ。何をしてでも。


 ――だから壊してでも。


 脳裏に過ぎるは酷く凄惨な光景。パッチワークのように一つ一つが別の誰かの記憶。その描かれ方はどれも似ていた。誰かを傷つけ、殺し。真っ赤に染まり。孤独に陥る。

 シンプルに言えば復讐劇に尽きる。不遇な扱いを受けた人間が身の丈以上の力を手にして他者を我儘に踏みにじる。そんな光景が入り込んでくる。

 ただ、風景画を観賞中にスプラッタな絵を見せつけられたかのような唐突感。心が追い付いてこない。

 大変な目にあってきたのだろう不憫な目にあってきたのだろう。それを変えたくて力に手を伸ばしたのだろう。でも、どんなに同情したくなるような景色を見せられても、心から共感することはでき無い。今まで俺は誰かを殺したくなる程競い合った事も無ければ、死にたくなるようなイジメを受けたことも無い。

 どうしようも無く他人事で済んでしまう。上から手を伸ばすことは出来ても、同じ目線に立つことは出来ない。

 まるでゲームのイベントみたいに自分の意思とは無関係に、疑問を解消する間も無く物事が進められていく。

 これを見せたかったのか?

 答え合わせみたいに圧迫感が減ったというか空気の感じ方が変わった。


「ここは?」


 自分の体が軽くなり自由に動かせるようになる。改めてライトで照らすと広く天井も高い空間に到着していた。そして、中心が台座のように盛り上がり。そこに何かが佇んでいる。

 警戒しながらもそこに光を向けると何かが台座に突き刺さっていた。


「伝説の剣か何かか?」


 頭の中に浮かぶ「もしも」や「ひょっとしたら」という好奇心を煽る不明瞭なスパイス。

 答えを知りたい欲求が溢れ、進む足に迷いは無い。

 緩い階段を一歩ずつ上る。

 音も聞こえない、匂いも無い。

 また一歩、一歩。

 そして到着した。


「これは……斧? 片手で持つような?」


 理想と想像と違えども興味深さはより強まった。

 広い刃に短めの持ち手、細かい形は闇に妨害されて見えないが明らかに斧。

 「場所」「訳」「何時から」様々な何故が湧いてくる。楽しくて仕方ない。俺はこういうロマンを求めていた。特別な何かに成れるような。最高の機会が目の前にあった!


(手に取るのじゃ)


 再び聞こえた謎の声。中心から周りを見てもこれ以上の道は無い、入って来た通路だけ。

 まさかこれに呼ばれたのか?

 奇妙な現象、頭では危険だと簡単に想像できる。それでも迷う理由は無かった。理性というブレーキは機能しない。

 これは明らかに「きっかけ」。線路の分岐器のように進む道が変わる。何も変わらない「無様」な俺か、何かを変えた「挑戦者」の俺か。

 頭に届く声が何者であったとしても、これは手に取らなきゃいけない。

 つまらなかった日常からの脱出。特別な何かになれるかもしれない。手が届かない妄想想像夢理想の鍵。今以下はありえない。退屈の最低値を生きていた俺にとってはこの声が悪魔の誘いでも構わない。こういうことを望んで別世界に来たんだから!

 高鳴る鼓動。溢れる期待と希望。

 二度と手放さない覚悟で柄を握る。

 鏡を見なくても分かってしまう久々に俺の顔は緩みっぱなしだろうと。

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