最低価格の俺が錬金で成金!~The Lowest price man Promote to Gold with Alchemy~

巣瀬間

第一章 最低価格の男

第1話 俺の価値

 この世界は理不尽に溢れている。血統、金、容姿、才能、欠けているものが多ければ多い程普通の生活からかけ離れていく。それらを得ている人間があらゆるものを先取りし独占する。努力をしても元々のスタートラインの差が埋めることを許さない。残されたおこぼれを拾うしか凡人にはできない。

 それでも、残されたほんの少しの希望が欲望を刺激して未来を進ませる。

 その先がどれだけ残酷な終着点だと知らなくても。

 そして、世界を越えたところで人の価値は変わらないということ。


「え~と……では! 1000、いえ。100キラからスタートです!」


 頑強な金属の手枷を付けられ、多くの人達の殺意や失意が込められた瞳を一身に浴びる。

 こんなはずじゃなかった、こんな未来になるとは思わなかった。異世界に転移できると知った俺はもっと明るい未来があると思っていた。見たこと無い風景に興奮したり、空想や創作物でしか見たことない何かを感じたり、様々な空気や食べ物を味わえると思っていた。

 苦労があっても楽しめるそんな生活が待っていると思っていた。

 それが汚辱を焼け付かせるような照明の真下で、埃や煙草の匂いが強く鼻に届く空間で売り物としてお披露目されているときた。

 商品名「異世界人『神野鉄雄かみのてつお』」付けられた価格は「100キラ」。初めて聞く単位、思ったよりも価値があるなんて淡い期待は無い。俺の前に幾つもの物や人が出品され、そのどれもが10000キラ以上の価値が付いている。つまりは100分の1以下という現実。

 ここに来る前「異世界人は希少な存在」だと、「莫大な価値が付く」と競売人は声高らかにして、緩みきった顔で狂喜乱舞していた。それが、顔面蒼白で冷や汗をかいて如何にして損をしないようにするか必死になっている。

 価値が付く前はひょっとしたらなんて甘い希望はあった。この世界でならやり直せるんじゃないかって思っていた。

 けれど現実は空っぽの俺を見抜いたように相応しい価値を付け。

 燃え上がっていた熱狂も水に沈められた如く静かで、酔っ払いのようにブレーキが壊れた欲望渦巻く競売は今は静かなもの、終わりを告げていた。


「価値など付けようもないがな」「異世界人にこのような凡不ぼんふもおるとは」「時間の無駄だったか……」「買うやつなんていないだろ……」

 

 何も変わっていない。世界が変わっても俺は誰にも必要とされない。


「さぁ~! いませんか! 異世界人なのは事実! どうです! 希少なのは変わりません!」


 必死に落札者を求める競売人の荒唐無稽な姿。

 俺の為じゃない自分の為。売上の為。予定と違う焦りなのが良く分かる。

 身体と魂が別れてしまったのかと思うぐらいに自分のことが他人事に感じてしまい嫌になるぐらい冷静に周りが見えてしまう。

 ああ、このまま光に焙られて灰にでもなってしまいたい。失望の瞳に耐えられない。この先のことを考えたくない、見たくないし見られたくない。

 そして、恥の上塗りをするかのように流れて欲しくない液体が目から溢れようとしていた。 


「はい! 101キラ!」


 騒めきを切り裂く凛とした迷いの無い声が響く、沈黙が場を支配する。聞き間違いじゃない? 観客全ての視線を釘付けにして光の中で堂々と手を掲げたのは少女。幻覚でも無い、意識を失った俺が見ている夢でも無い。

 その人物を目に焼きつけようと一歩足が前に出た。その子は一度見たら忘れられないぐらい特徴的なシンボルを持っていた。そんな彼女に俺は買われるということ、このまま何も無ければ――


「101キラ! 決定です!!」


 荒々しく響く渡る木槌の音。新たな人生の始まりの鐘となった。

 そして、あの時の選択は間違いだったのか? 世界を捨ててでも選んだ道。後悔は無いと思っていた。変化を求めた罰が当たったからだろうか。あの時の好奇心が俺をこの世界に立たせたんだ。



 ?月?日?曜日 ?時?分 


 俺は誰にも必要とされていない。この世界は誰かに認められてから力を貸せる。そんな世界。就職や恋愛にしてもそうだ。認められて初めて何かの為に行動できる。

 俺は誰にも認められなかった。

 そんな現実から目を逸らし続けて何年無為に過ごしていたのだろう。それが現実に形となって襲ってきた。

 唯一認められていたフリーターでその場凌ぎで生活していた。

 合間合間で正社員を目指しても、自身を誇張したり媚を売ったりしてまで入りたいという情熱は無かった。それを見抜かれたのか何時も「お祈り」される。

 そんな負の証明を重ねていくといつの間にか自分自身何に情熱を持っているのか分からなくなって。身を粉にして働きたいと思える夢も希望も無かった。

 いつしか何かするにしても怖さが纏わりつくようになった。


 空虚な負を積み重ねはとうとう家族の堪忍袋の尾を千切ることになる。

 失望と哀れみが込められた怒号を背に貯金や適当な荷物を持たされ捨てられるように実家を追い出された。

 そして、適当な気持ちで籍を置いていたバイト先を頼る事などできる訳もなく。意味も無く当ても無く、人の視線が何もしていない俺を責めているかのように見えて。

 とにかく安心したかった。心を落ち着けたかった。誰にも俺の姿を見て欲しく無かった。

 社会から逃げるように山へ向かい、人も獣も踏み入れたことの無い道を無理矢理踏み入れた。

 眼前に広がる緑と黒影のコントラスト。腕を伸ばして枝を抉じ開けながら進む。数歩先しか見えない現状を今の俺の心と重ねたかのようで、こんな簡単に腕を振るうだけで前に進めたらなんて良かったのか。


 荒れる呼吸に棒になりそうな足。疲労で頭の回転がおかしなことになっていた。

 だけど、こうして全ての鎖から外されて初めて分かることがあった。今、俺は生きている。

 社会のレールからはみ出て完全に身一つになって何故だか生きてるって実感できた。

 俺の心の奥底では自由やロマンを求めていた。自分が進もうとした道は、もう誰かが進んでいて後追いにしかならない。さらにいえば前の記録を超えることも無く平々凡々な結果で終わるに決まっている。

 けど今はどうだ? 俺が歩いている先には誰の足跡も無い。俺が一番乗りだ。

 俺に才能やら環境が揃っていたなら社会や他人に認められて正々堂々と夢やロマンを追い求めたかった。心の空白を埋められるような。でも、足りないものが多すぎた、積み重ねる力も無かった。それに俺が見つけるより前に誰かがネットで広めてしまう。つまらない。二番煎じ。そんなのは俺じゃない。


 緑の壁を抉じ開けていくと、視線の先に木々が極端に減っていたのが映った。崖でないかと注意深く足を伸ばし確認しながら進む。すると目に映るのはくすんで汚れきった鳥居、もはや形だけが維持されている社。恐らく神社だった場所。

 けれど、まるで俺の心のように空虚に映った。


「こんなところに神社……?」


 歩いていた場所は山の中、獣道も人が通る道も無かった。自分で道を拓けないと進めない道のはずだった。

 どことも繋がっていない切り離された空間。さっきまで耳にこびり付く様な風の音も木々が触れ合う音も一切聞こえなくなる。

 この異様で異質な特別な雰囲気に加えて誰も存在していないようなここには、俺が求めている何かがある気がした。


「何て神社だ?」


 鳥居にもどこにも名前が無いことに気付き、興味本位に充電が半分以上なくなっているスマホを操作しマップ機能を使ってみるものの、最後に入った山の中を指したまま。近くに建物の情報は乗っていない。


「未発見? あり得るのか?」


 恐怖よりも高揚感の鳥肌。現代じゃありえない状況に抑えが効かなくなってきた。

 罰当たりだとかそんなのは気にせず堂々と鳥居を抜け、生物の気配の欠片もしない社に近づく。風化してそうな黒ずんだ見た目の割に朽ちていなければ荒らされた形跡もまるでない。過去の建造物が時を止めたまま現代に残っているかのようだった。

 少年時代の好奇心が蘇って来た。

 土足なんて気にせず蔀戸しとみどを開き足を踏み入れる。

 一瞬マナーを守るべきかと頭に過ったが、もう遅い。


「誰だ?」

「!?」


 そう、遅かった。

 暗闇の中から聞こえた声に心臓が飛び跳ね、脱出しようと試みるが背中に感じる壁。ほんの数秒も無い時間。閉じようとしたわけでも無い戸がいつの間にか閉まっていた。

 誰かが干渉した音や気配も無く一人でに。


「客、という割には随分と図々しい」

「あんた、何者だ?」


 部屋の中心に一つの火が点けられる。陶器に乗せられたロウソクの弱々しい光ながらも声を発した人物の姿を拝むことができた。

 一目見ただけで声を失った。

 これまでの人生でここまで美麗な女性は初に目に掛かる。語彙を失いそうになるぐらい美の到達点の顔。一点の汚れも無い純白の着物と闇の中に消えそうな真っ黒で長い髪。

 だけど、肌で感じる程明らかに異質な存在。見ただけで本能的に屈服してしまう。


「何者も何もここは神社、そこに住むものなんて決まっておろう?」


 彼女を中心に蝋燭の光が広がっていく規則的に輪を描きながら。

 誰かがいる訳でも無く科学的な要素も無く魔法のように。


「神様なのか?」


 その言葉しか出せなかった。


「左様。それにしてもよくもまあ、この場所に踏み入れられたものよ。獣一匹認識できないようにしておいたのにの」


 素直に自身を「神」と認めるその女性。冗談ではなく恐らく本物、仮に偽者だとしても人の道を外れた存在だと判断できる。

 それ程までの圧倒的な威圧感とカリスマ。芸能人だとか大統領とかそんなレベルじゃない、触れることが罪とさえ思える程。視線を向けるだけで体に鳥肌が立ち、恐ろしさが心に刻まれてしまっている。


「だがまあ、それは良い。この中に入ったのもまあ良い」


 怒気を感じない穏やかな口調。だが本能的に感じる不穏な気配、空気。まるで些細なことで破裂しそうなパンパンに膨れた風船が浮かんでいる。何度も爆発させたおかげで嫌でも分かってしまう。 


「ただ、何を思ってここまで来たのかを話せ」

「っ!!」


 その言葉だけで緩んでいた心を力一杯かた結びするように掴まれた。肌に感じる程の重さ、話さなければ死ぬ。錯覚で済むわけがない。彼女の言葉一つで体の自由が奪われた。


「……俺は、俺は逃げたかったんだ。こんな雁字搦めの世界から。才能も身分も何も無い俺に欲しいモノなんて手に入らない。なのに世界は俺から何でも奪っていく。何も与えられてないのに。だから自分だけしか見つけられてない特別な何かを探して……」


 努力しても未来の自分が見えない。それが何よりも辛かった。こんな自分になっているだろうなんて想像はできない。


「甘いな、人間として未熟すぎる。……いや、それほど歪んでしまったからこそここに到達したわけか」


 感じていた威圧感が減り、思わず尻餅を付く。我ながらよく耐えられたもの、もう立つ気も起きない。


「持っている人間、成功した人間だけを普通の人間にしている世の中が問題なんだ」


 精一杯の反論は彼女の前では塵にも等しく価値は無い。

 小さな動き一つ一つに優雅さ、見惚れるような色気。反論した言葉も彼女の所作一つで取り下げてしまいそうになる。


「お主と問答する気はない。ともあれこの世界はどうでもよいと思った。逃げたいと思った。だからここに到達した」


 世界、到達? つまりはこの場所は普通とは違うのか。そうだとは感じていたけど、神様に言われると信じざるを得ない。


「察していると思うがここは人の理から外れた場所。そして、我の世界であり。他の世界への中継点でもある」

「中継点?」

「お主のいた世界以外にも色々と世界がある。平行世界ともいうべきかの。ここはそれらを繋ぐ中継点でもある」

「それは別の世界と繋がっている。ということですか?」

「然り、我は管理者。詳しいことは秘密だが、お主は資格を得てしまったようだ」

「資格?」

「自ら世界を捨て。誰もお主を引き留めようとしない。つまりはお主をこの世界に留めるくさびが抜けたということ。行方不明になっても誰も探さず、思い出話にお主の名が挙がることが無い。いなくてもいい人間」


 分かってはいたけど、こうもはっきりと告げられるとどうしようもない人生を歩んでいたんだな俺は。


「事実だけ言うのが神様の役目じゃないんでしょう?」

「さよう。ゆえに選択肢を与えてやろう。一つは外に出て鳥居をくぐる。さすればお前の知っている元の世界に戻してやろう。もしくは――」


 指差す方向には人一人が通れる程の大きさの注連縄の輪が立て掛けられている。中では暗闇が水面のように波打ち、この世のものとは思えない誘惑を放っていた。


「そこを潜ればこことは違う別の世界に向かわせてやろう」


 心が跳ね上がった。ここ数年は不安や恐怖で跳ね上がることばかりだったのに、今のドキドキは恋心を知った学生時代が蘇ったかのようだった。


「何か条件があるんじゃないですか?」


 緩みかけている表情をどうにか抑えながら質問する。いくら資格があると言っても裏があってもおかしくない。超技術の奇跡。ただの一般人が受け取ってもいいのか?


「資格さえあれば誰でも使える。しかし、どの世界に行けるかは我も知らぬ。加えて、基本戻ることはできん。そして、お前の元いた世界の技術や娯楽があると思うな」


 確かにそれはかなり痛い……。

 だが、逆に言えばそれぐらいしか俺がこの世界に残りたいと思える要素が無い。連載中の作品、今年公開の映画、最新ナンバリングのゲーム。

 惜しいけれど、それらを得るために千載一遇の機会を蹴って虚無な日々を送るのは耐え難い。


「行く。行かせてほしい!」


 想像できる未来が。貯金を崩して適当に細々と死に向かうだけ。なら、想像もつかない未来が待っている世界に賭けるしかない。

 雁字搦めでどうしようもない自分をリセットして、新しい自分に生まれ変わるしかない。


「想像通りの男でむしろ愛おしくもあるわ。とはいえ、完全な身一つで転移しても全てが成り立たぬだろう。会話だけはできるようにしておこう」


 神様の指先から小さな白い炎がポッと灯ると、ゆらゆらと近づいて来て頭に当たる。ほのかな温もりを感じるが特に変わった気がしない。

 冷静に考えれば世界が変われば言語も変わる可能性が高い。これは素直に感謝するしかない、


「ありがとうございます。これで……俺は……」


 心の羅針盤はもう決まっている。体がそれに付いて行く。一歩、また一歩と進む。

 大人になるにつれて学ぶと同時に未知への探求心が減っていった気がした。自分がやろうとしていることは全てもう誰かがやってしまったこと。新しい道かと思ってもすでに誰かが通っていた。

 そんな世界から抜け出せる。自分が自分になれる気がした。


「そう、お主にとって新たな始まりの場所だ」


 そうだ始まりだ。希望、未来、夢。もう一度追いかけられるかもしれない。

 暗闇に手が触れる。触れた先が水面のように揺れ動き、歓迎しているように見えた。先が見えなくても不安は無くむしろ好奇心がくすぐられドキドキが最高潮に達しようとしている。


「そして終わるための――」

「えっ?」


 最後に聞こえた言葉と同時に体が闇に引き込まれ水中のような浮遊感と共に抗うことのできない激流に流されていく。


「……良き終末が訪れることを祈っておる」 

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