第5話

ビビは、静佳の部屋にいて、何かしら興奮していた。今すぐにでも、外・・・庭にいる龍作の元へ行きたいのだが、

「この子は・・・」

それを許してくれそうになかった。龍作から、

「いいか・・・この子の傍にいて、守ってやるんだ・・・」

強く言われていたのだ。

その動揺し、興奮しているビビの気持ちが、抱いている静佳にもよく感じ取れた。

 「どうしたの、ビビちゃん・・・また、外に行きたいの?こんな夜に・・・」

 さっきから、ビビは外の方・・・つまり、窓の彼方をみていた。

 静佳は、ずっと前から病気だから、

 「外には出てはいけません・・・」

 と、特に、母の・・・きぬから強く言われていた。静佳は、母の言いつけを守っているに過ぎない。

 「少し、寒いよ」

 静佳は窓に近寄り、外の様子を眺めた。

彼女の部屋の辺りには真っ暗な闇が、庭に漂っている。その中で、 

「・・・」

 何かが動いた・・・ような気が、静佳にはした。

「何かしら?」

静佳は無意識に窓を開けた。

居間の辺りで明かりが点いている。

「お父様ね、きっと」

静佳の目は、この瞬間、淡い闇の中ではっきりと動くものを感じ取った。

この時、

「あっ、ビビちゃん」

ビビは開いた窓から飛び出して行った。

「待って・・・」

静佳は部屋から飛び出し、居間の方にまわった。


龍作と信綱は静かな闘いを続けていた。

「意外と・・・この男は」

「やるな」

と龍作は感心した。

庭に漂う淡い光りに和泉守兼定の波紋が反応して、敵の居場所を教えてくれていた。

「時間を掛ける気はない」         

こう決断した次の瞬間、龍作は指笛を鳴らした。

ピー、ピピー

信綱は、その指笛に怯えたのか、和泉守兼定を二三回振り切った。庭の樹木の一本が切れたが、後は空を切った。

この瞬間、信綱に、わずかな隙が生まれた。

ピー、ピックル

龍作は信綱に飛び掛かった。和泉守兼定は、信綱の手から離れ、闇の中に消えた。


 「お父様・・・何が・・・」

 静佳が居間に来た。

 「いけない。静佳、ここに来てはいけない」

 矢之助は叫んだ。

 だが、彼よりも先に動いたのが、信綱だった。もちろん、龍作も突然現れた静佳に気付き、

 「まずい・・・」

 と思い、

 「逃げろ!」

 龍作は奇声を上げた。

 だが、遅かった。

 信綱は静佳を捉え、羽交い絞めにした。

 「おい・・・お前、兄貴の娘か?」

 信綱は矢之助を睨み付ける。

 「おい、何とか、言え。まあ、どっちでもいい。俺から逃げるなよ。怪我・・・いや、死ぬぞ」

 信綱は静佳の首に腕をまわした。

 「へへ・・・。おい、何処の誰だか知らないが、和泉守兼定を探せ。そして、俺のところへ持って来い。早く、しろ。でないと、この女を絞め殺すぞ」

 信綱の強引な誘いに、その男・龍作は動かない。静観している。

 「おい、おい・・・どうした、何処にいる」

 確かに、その男はいる、その気配はある。

 「やめてくれ!その子には、手を出さないでくれ」

矢之助は這いつくばり、哀願している。

 「うるさいな、兄貴。それなら、お前が、和泉守兼定を探して来い」

 見ると、静佳は怯え切っている。

 矢之助はしぶしぶ、和泉守兼定を探し始めた。

 「誰・・・ひょっとして、あなたは・・・」

 「しっ、そのまま探す振りをして・・・」

 矢之助が居間の方に目をやると、廊下からの降り口に大きな石があり、その所にいぬが隠れていて、体を伏せている。じっと信綱を睨み、今にも飛び掛かろうとしていた。

 さらに、信綱の背後には黒猫のビビが、これまた小さな体を屈め、じっと敵を睨み付けていた。

 矢之助は、その男の指示通りに動き、和泉守兼定を探す振りをした。

 信綱の狙っているのは、あくまで和泉守兼定であって、娘静佳の命を奪うことではない。しかし、時間が長引けば、状況は変わるに違いない。

 龍作は東の空の目をやった。夜が明けるのには、

 「まだだ・・・しかし、急がなくてはならない。やるか!」

 龍作は大きく育った琵琶の木を見上げた。

そこには、ビックルがいた。

 龍作はウインクをし、ほほ笑んだ。

 ピックル・・・

 静寂の闇の中に、ピックルの鳴き声が響いた。

 その瞬間、コリー犬・・・ケンは信綱に飛び掛かった。

 信綱は倒れ、静佳を離した。静佳は、父である矢之助の元を駆け寄った。

 ケンは信綱の手首を噛み、離そうとしない。そして、

 ビビは、この時とばかりに、信綱の顔に飛び掛かり、顔中を引っ掻き回した。

 信綱は悲鳴を上げている。

 「くそっ!」

 信綱は力付くで、犬と猫を払いのけた。

 キャン

 ケンが鳴いた。

 軽いビビは、庭まで飛ばされたが、くるくるっと回り、石畳みに舞い降り立った。

 「ビビちゃん」

 静佳が、ビビに駆け寄り、抱き上げた。それでも、彼女の腕から抜け出ようとしている。

 「だめよ」

 静佳は、ビビを強く抱き締めた。

 「兄貴、邪魔が入ってしまったな。また、来るからな」

 信綱は現れた男を睨み、

 「誰だ?名前を聞いておく」

 と聞いた。

 「俺か・・・私の名は、九鬼龍作」

 矢之助は、その男を見たが、不思議と驚きはなく、

 (この男が・・・そうか)

 と、納得してしまっていた。

「九鬼・・・」

 しばらく考えた後、

 「何処かで聞いてことがあるな・・・?」

 信綱は、ふっと口を歪めた。

 「まあ、いい。その内、思い出すだろう。兄貴、また、来る。そして、その和泉守兼定は必ずもらうからな」

 龍作の手には、その和泉守兼定・二尺八寸があり、やはり鈍い輝きを呈していた。

 古川信綱は走り、軽々と白壁の塀を飛び越えて行った。

 「ケン、追うな」

 ケンは振り向き、

 クウウン

 と、立ち止まった。

「ピックル!」

龍作の声に、

ピピ・・・

ピックルは闇の中に消えた。

「何処へ・・・」

静佳はピックルの鳴き声が消えた方を見上げた。

この時、東の空に、

 「夜が・・・明けるな」

 庭に明るみがおおってきていた。

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