第2話

水島静佳の踊りは、彼女の動きが止まると共に、終わった。

 誰も手を叩かない。静かな感動って、奴かもしれない。

 安濃尚子は壇上に近付き、

 「静佳ちゃん、あたい、分かる?」

 と、声を掛けた。

 白拍子の衣装のまま、静佳は尚子の傍まで来た。

 静佳は少し首をひねっている。

 尚子はにんまりと笑い、

「この声・・・だよ。覚えていない?」

と、静佳はいった。

一瞬、静佳は目をつぶった。

「あっ!」 

 「あの・・・尚子さん・・・」

 「そうだよ。踊り・・・素敵だったよ。こんなこと、やってんだ」

 「小さい頃からだよ」

 尚子の後ろには、加田弓矢、酒井愛子、そして、明美が、静佳に見惚れている。

 静佳は笑顔を浮かべ、

 「さあ、ビビちゃん、行こうか」

 静佳は黒猫のビビを抱き上げた。

 ビビは静佳の腕の中に、ひょいと飛び込み、

 「ニヤォ・・・」

 小さな顔を、これまた静佳の小さな頬に摺り寄せている。

 四人の高校生たちは互いに顔を見合わせ、びっくりしている。多分、

 (きれいな黒い毛・・・)

 と思っているのかもしれない。

 それにしても、黒猫の黒い毛並みの輝いていること・・・体育館の二階の窓から射し込む陽光に反射している。

 壇上から降りた静かに、安濃尚子は、

 「ちょっと・・・遊んで行かない?」

 と、誘いを掛けた。

 静佳は尚子の目を見て、興味を示したかにみえた。だけど、

 「だめなの、お父様と来ているの・・・」

 と、静佳はちょっぴり残念そうに見える。。


 ちょうど、その頃、

 静佳の叔父であり、家主の水島矢之助の弟である古川信綱は、水島の邸宅にやって来ていた。

 さて、その信綱という男なのだが、歳は、四十一歳。肩は細く、見た感じ神経質そうに見える。目は細く多少吊り上がっていた。余り話さない性格のようで、目の前にいる人を見る目は、冷たい目で観察し・・・この男は嘗め回すように見つめる。

 そして、何よりも特徴的なのは、落ち着きがないということである。だから、兄の矢之助の屋敷の周りを歩き回り、観察していた。そして、家の中に入り込むと、

 「きぬさん・・・」

 信綱は矢之助の妻のことを、こう呼ぶ。

 水島きぬは、水島産業機器製作会社の経営者である水島英太郎の長女として生まれた。下に二人の子供があたが、二人とも女だった。

 水島きぬは大学の英文科の卒業し、普通の企業に就職した。人生に大した望みがあったわけではない。このまま極く普通の結婚をしてしまうだろうと思っていたし、そのことに拒否反応は少しもなかった。

 きぬの人生の転換のなったのは、一つはやはり英太郎の長女に生まれたこと、そしてもう一つは、古川矢之助と知り合ったことである。

 矢之助は、その頃水島産業機器製作会社に入社して、三年経っていた。

 この二人がどうして知り合ったかというと、毎年社員の親睦をかねて、八月に懇親会が執り行われていた。主催は、組合だった。

 とにかく、この時に、二人は知り合い、付き合うようになり、二年後に創業者の英太郎の許可を得て、一緒になった。

 もちろん、英太郎の望む所で会った。


 「兄貴は、元気ですか?」

 信綱は唇を歪めた。きぬをうわめ遣いに凝視している。きぬは目を逸らし、

 「はい、信綱さんも・・・」

と、返事をした。だが、目は逸らしたままである。きぬは、この義理の弟の目が大嫌いだった。

 「そうか、それは良かった」

 信綱には、ここに現れた目論見があった。それは、水島の家にある宝刀があるのを確認するため・・・いや、盗む・・・奪い取るために、兄を訪ねたのである。その企みを顔に出す筈がない。金を貸してほしい、が表立った訪問の目的にしていた。

 居間の中を物色している信綱だったが、

 「ほう・・・これですね」

 床の間の中央にあるガラスのケースに入った日本刀に、信綱の目がピタリと止まった。

 下段に鞘、上段に刀身が剥き出しになっていて、冷たく光り輝いている。

 「流石に、名刀と言われるだけの輝きだ。土方歳三は和泉守兼定を二つ持っていたと言われたが、もう一つがここに・・・水島の家に本当にあるとは思いませんでした」

 信綱は、きぬを睨み付け、

 「ふふっ」

 と笑った。

 「ところで、兄貴は、どうしたんですか?」

 「今・・・ちょっと外出しています。娘のことで・・・」

 きぬは、詳しいことを言うのは拒んだ。娘のことで、あれこれ聞かれるのが、特に義理の弟には秘密にしておきたかったからである。夫の矢之助からも、信綱の良からぬ噂を聞かされていた。

 「すまない」

 と、夫の矢之助は、信綱という弟の存在を謝った。

 きぬは夫に同情した。肉親、兄妹なんて、この世の中の争いごとの主たる原因の一つである。水島の家も、女ばかりの三人姉妹だった。普段は仲が良く、和気あいあいだが、そこに欲が絡むと、一気にその関係が乱れ、陰鬱のなる。きぬは何度も経験し、味わっていた。それがあったからこそ、水島の家を継ぐことに同意したのである。

 きぬは、九鬼龍作からの告知文を承知している

 「一層、この刀を、その人にくれてやろう・・・」

 と、思ったりもする。

「いかん」

 と、夫は一喝をする。

 「伝わってきているのだから、絶対に守らなくてはいけない」

 という。

 「・・・」

 きぬは口には出せない感謝の気持ちで一杯だった。

 信綱は和泉守兼定から目を離さない。

 きぬは、そんな信綱が怖くなり、

 「今日はお帰り下さい。来たことは、矢之助に伝えて置きますから」

 一瞥して、庭に面した廊下まで行き、

 「この辺は、もうすぐ一段と寒くなり、観光に来る人はほとんどいなくなります」

 と、早く行って欲しいという態度を示した。

 信綱は苦笑した。きぬの気持ちを読み取ったのかは定かではないが、

 「分かりました。今日は帰ります。兄貴には、頼みたいことがあるんですから」

 きぬは信綱を玄関まで送った。彼女は、高校の文化祭に踊りに行った静佳が気になった。突然現れた予期せぬ訪問者に振り回されてしまっていたのである。

 「あの子・・・うまく、踊れたかしら?」

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