九鬼龍作の冒険 雪降る吉野山に舞うしずか

青 劉一郎 (あい ころいちろう)

第1話

            〇


 この吉野の山に来るのは久し振りだった。

 九鬼龍作は、しばらくそこに立ち、吉野山を見上げた。

 もうすぐ日が暮れ、夕闇が吉野山を覆う。

 千本口から吉野山ロープウェイで、吉野山に登って見るつもりだ。

 「ビビは、しばらくあの子に預けておこう・・・」

 と、龍作は決めていた。

 「さて、行くか」

この時期、秋の紅葉はそれほど有名でないのか、観光客は少ない。

 吉野山ロープウェイに乗っているのは、龍作一人だった。


「あの子・・・誰なの?」

加田弓矢が踊り始めた子に見惚れている。

明美が、吉野高校文化祭のパンフレットを見ると、

《水島静佳》

とある。

「誰なの?」

と、酒井愛子。彼女も水島静佳に口を開けっ放しだ。

「知らない」

体育館の壇上には、白拍子の女性が今から踊ろうとしている。

頭には黒い立烏帽子を着け、長い赤い袴を着けている。腰には、錦包藤巻の太刀、手には蝙蝠の扇を持っている。明らかに女の子なのだが、男装している感じである。それが、より舞姿を魅了している。

外は、雨。台風と秋雨前線の影響で、もう七日間も雨が降り続いていた。

いくら高校の文化祭と言っても、この雨である。生徒会で、一時、延期・・・順延という案も出たが、その内止むだろうと楽観論を取り、決行となった。

「この学校の生徒じゃないみたいよ」

と、傍で立ち聞きしていた女生徒が割って、入り込んで来た。安濃尚子である。

「わたし、あの子・・・知っている」

腕を組み、自慢げに笑みを浮かべた。

「吉野駅のずっと手前に、古いけど大きな家があるじゃん。そこの子みたい」

「知ってる・・・家の周りを、白い壁がずっと続いているのだよね。あそこに、人が住んでいるんだ」

「住んでいるんだよ、確かに」

「でも、あんたが、そんなこと、どうして知っているの?」

酒井愛子は首をひねる。

「だって、あの子っ家の近くだもん」

「えっ、そうだった・・・」

やっぱり、愛子だ。

「何でも、病気らしい。不治の病っていうやつなのかな」

「癌・・・」

「馬鹿、癌は、今は直らない病気じゃないからね」

「じゃ、何?」

「そこまでは、分からないけど・・・でも、見た感じ、そんなに大きな病気持ちには見えないけどね」

 「あたい・・・あの子と話したことがあるんだよ」

 「えつ、本当?」

 愛子だ。他の二人は、まだ静佳の踊りに見惚れている。

 「じゃ、知っているんだ」

 「む・・・」

 と尚子は考え込んだ。

 「何なのよ?」

 「偶然なんだけど、白壁を裏に回った所に、ちょっとした裂け目があるの。そこで、時々だけど、話をするんだけど、こうやって全身の姿を見るのは初めて。きれい・・・可愛い・・・あたいも、見惚れてしまう」

 ここで、おしゃべりは途切れてしまった。静佳の踊りはまだ続いている。手足の動きは緩やかで、舞う身体の仕草が幽玄そのもので、見ている人を快楽の境地に誘い入れる。

 流れる音楽はテープだったが、今、この瞬間は必要なく、体育館は静寂に包まれている。


文化祭だから、当然一般の客も入り込んでいる。

「ところで・・・あの黒猫・・・何処から迷い込んで来たの?それに、何であそこに座っているの?」

愛子は踊りも気になっていたのだが・・・。

「さあね、どうしてだろう?」

 安濃尚子も、ずつと気にはなっていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る