ぼくらの先生(3)

「頬赤いぜ、エイマ」

「うにっ!」


 セリナが見て見ぬ振りをしていた点をコウヤが指摘してしまう。ザイハは苦笑しているところを見ると、彼もスルーしてくれるつもりだったらしい。


「な、なによ!」

「好きなのかよ、タイキ先生のこと」

 ズバリと言ってしまうあたりはコウヤもまだ子供だと思う。

「悪い!?」

「悪くはないけどさー、先生、大人だぜ。たしか二十六歳。十二も離れてんじゃん」

「いいじゃない、大人の男の人。頼りになって」

 恥ずかしさより不満が勝ってきたように見える。

「そりゃ、エイマがよくたってさ、あっちは子供としか見てないって」

「ぐ……。あたしだってあと四年もしたらセリナみたいにボーンって」

「引き合いに出さないで!」


 飛び火してきたので慌てる。気まずくなったザイハが視線をそらしているではないか。


「そこも大事だけどさ」

「大事なんだ」

 ザイハにツッコまれてる。

「い、いや。だって気になんだろ?」

「それより精神的な部分ではないですか。年の差もそうですし、ましてや生徒と先生では」

「そうなのよね」

 彼の主張は理路整然としている。

「厳しいかぁ」

「とりあえずはロンダートを卒業してからでしょう。応援してますよ」

「うん、わたしも応援するから」

 エイマは「ありがと」と返している。


 親友も今は本気のようだ。熱しやすいところがあるので致し方ないが、単なる憧れではないとも感じる。


(格好良いかな?)

 セリナにはタイキが飛び抜けてイケメンだとは思えない。


 短めにした髪は多少癖があるようで無造作に跳ねていることが多い。眉は男らしく濃いめで引き締まっているが、その下にある目が少し垂れ気味。髪の毛も瞳もほとんどのダジェン人がそうであるようにダークブラウン。

 顔の輪郭は骨太な感じがする。北方大陸人のように顎が割れたりはしないが、がっしりとした顔つき。そこに特筆する点もないような鼻と口があるだけ。

 全体としては精悍な面立ちと言えなくもない。美形だとは思わないが。


 肩幅も広く筋肉質。言われてみれば格闘家だというのがよく分かる。スーツ姿は行事のときくらいしか見ないので、教師用のジャージの印象が強い。これからの夏場ははだけた厚い胸元が見られるだろう。

 少し浅黒い肌もダジェン人でいえば平均より若干という程度。夏場のエイマのほうが小麦色に焼けているくらいだ。基本的に清潔さを感じられるところは悪くないと思う。


(普通かも。わたしって面食いなのかな。先生としては尊敬できるけど)

 そういう印象である。


「おっ、フユキじゃん」


 歩道の先に小さな男の子の影。堤防の上から海を覗きこんでいる。足は地面から浮いており、その様子を心配げに見つめる女の子も寄り添っていた。

 名前を呼ばれて気付いた少年は軽やかに駆け寄ってきてエイマの腰にひしと抱きつく。見上げてにっこりと笑った。


「海を見てたの、フユキ?」

 少年はこくこくと頷く。

「なにかいた?」

「お魚いっぱい」

「そう」


 彼はフユキ・メユラ。その名のとおりエイマの弟である。幼年三年生、いわゆる幼三の九歳。

 姉と仲良くするのは気恥ずかしくなりそうな年頃だが、フユキは屈託なくエイマと接している。言葉少なだが、とにかく愛らしい少年だ。


「ほんとか?」

 コウヤも海を覗く。

「見えないぜ。目がいいな、フユキ」

「食べられそうだからコウヤから逃げたんじゃないかい?」

「言ってくれるじゃん、ザイハ」


 女の子のほうもおずおずとやってくる。彼女はササラ・トミネ。同じく幼三で九歳。幼馴染ではないが、フユキと仲良くなってからは一緒に行動することも多くなった。


「エイマお姉ちゃん、セリナお姉ちゃん、こんにちは」

 律儀に挨拶から入る。

「こんにちは、ササラちゃん。フユキくんと一緒に帰ってたの?」

「うん、送ってくれるって言うから」

「うんうん、偉いぞ、フユキ。それでこそあたしの弟」


 撫でられたフユキは嬉しそうにしている。幼げには見えるが、どこか男らしいというか肝が据わった感じがする。彼がおたおたしているところを見たことがない。


「来年にはフユキも少年一年生だからね。勉強も難しくなるから頑張るんだよ」

 こっくりと頷いてササラの手を取る。

「一緒のクラスになれるといいね?」

「なる」

「わたしも祈ってる」


 七~九歳の幼年過程、一般的な幼年生は幼年学校に通う。そこでは基礎の基礎が中心。各科目も触り程度でさらりと流すような授業が多い。どちらかといえば学校生活に慣れる過程という位置付けだろう。


 十歳になる年からは少年学校で六年の過程が始まる。幼年、少年のこの二つを一貫校として扱うようにしたのが新たな取り組みとなる新教育システム試験校であり、その一つがダジェンの南端に位置するロンダート学園なのである。


「よし。じゃあ、みんなでササラを家まで送ろう」

 エイマの号令で動きだす。

「一度帰ったらうちに来る?」

「いいの、セリナお姉ちゃん」

「この前話したお菓子を作ろうと思うんだけど一緒にどう?」

 ササラはすごく嬉しそうだ。

「うん!」

「じゃあ、帰ってお母さんにお願いしてみましょうね」

「はーい」


 海風が年もバラバラな六人をなぶる。暖かさを感じさせるようになった風が彼らの背中を押していた。


「エイマは手伝わなくっていいからな」

「どういう意味?」

「せっかくの美味いおやつが台無しに……」

 コウヤは言わなくてもいいひと言を口にしてしまう。

「こいつめー!」

「本当のことじゃんかよー!」

「絶対手伝ってやるー!」

「マジか!」


 笑いさざめく六人の少年少女を海のきらめきが映していた。

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