ぼくらの先生(2)
「定員二百十名の民院は三年で改選されます。ここまではいいですね?」
今、セリナたちは公民の授業中。
「民院議員は連続三期九年を務めると国院に上がる権利を得られます。国院議員の定年は七十二歳。四年に一回の国民による信任投票もあります。定員三百二十名の国院に欠員が出れば、有資格民院議員のうちから国院投票で新たな国院議員が選ばれる仕組みです」
授業をしているのは国語・社会科教師のハユミ・ハスハラ。若くて綺麗な女性教師なので男子たちも騒がない。たまに悪ノリするときもあるが、ハユミ先生のときは大人しめである。
「ダジェン国会は続けて選挙に当選しないと中枢たる国院議員になれないようできています。つまり議員としての仕事を国民に認められなければなりません。国院でも信任投票がありますし、国民主権が守られるよう整備されています」
電子式タッチボードから教室内に目を移したハユミ先生はにっこりと笑う。
「皆さんも高等校を卒業する十八歳になれば有権者になります。ですが、それまでは関係ないと思わずに、ダジェンの政治のことも考えてみましょうね?」
そうは言うが、世界大戦後六十年を数えるダジェンの議員はもはや世襲が当然のようになってきてしまっている。それぞれが票田を有しており、よほどの無能か大きなスキャンダルでも起こさない限り連続三期は難しくない。そんなことは十四歳のセリナでも知っている。
「では今日の授業はここまでにします」
ボードが軽やかな電子音を立てたので公民の時間は終わる。
「先生、次はいつー?」
「来週よ。次の授業は別の先生」
「あー、つまんねー」
男子は不平を公然と口にする。
ロンダート学園では教科担任が決まっていない。それが新教育システムとされている。様々な教師からそれぞれの指導法で得られる教養を子供が学び取るのが可能とされているのだ。効果のほどはまだ証明されていないが。
「帰りましょ、エイマ」
今日の授業もこれで全部終了。
「あっ、ちょっと待って。シャットダウンするから」
「授業中もボーっとして。タイキ先生のことでも考えていたの?」
「だっ! そんなの……」
タブレットの電源灯とにらめっこしていたエイマは消灯したのを確認してバッグに収める。「お待たせ」と言って立ちあがったので一緒に教室を出た。
「夏が来るねぇ」
「うん、真っ青」
エイマとともに空を見上げる。深みのある青はわずかに黒ささえ感じさせるほど。
「夏休みになったら泳ぎに来よ!」
学園の門をくぐるとそこはもう海に面している。
「今年も? ちょっと恥ずかしいけど」
親友はスレンダーながら女の子らしさも見せるバランスのいいスタイルをしている。対してセリナは年齢のわりに胸の発育が著しいのが悩みだ。同年代で集まって遊ぶのには抵抗を感じるようになってきていた。
「そんなこと言わずにさぁ」
エイマは知ってか知らずか誘ってくる。
「どうせ一緒に遊ぶ男子なんてまだまだ子供だし。からかう程度で意識なんてしないって」
「その、からかわれるのが嫌なの」
「なんだったら大胆な水着にしてみれば? あいつら、腰が引けてなにも言えなくなるから」
たしかにそうかもしれない。そうかもしれないが余計に恥ずかしいではないか。そんな気持ちは理解してもらえそうにない。
「噂をすれば、よ。コウヤー!」
エイマは見知った背中に呼び声を浴びせている。
「うわ、エイマ! ……とセリナ姉ちゃん」
「帰り? 合流すれば?」
「あー、いいけどさ」
答えたのはコウヤ・テテクシ。十三歳で一つ下だがセリナの幼馴染である。必然、エイマとも友達であった。
「いいか、ザイハ?」
コウヤは隣の連れに訊いている。
「いいよ。こんにちは、エイマさん。セリナさんも」
「かしこまるのやめって言ったでしょ?」
「そう簡単には……」
コウヤの友達のザイハ・ヘスは幼馴染と違って生真面目な人間だ。エイマは距離感を覚えて直すよう言っているが、セリナは丁寧な口調に好感を持っている。
「無理言っちゃダメよ」
「へーい」
海岸通りの歩道を四人でおしゃべりしながら家に帰る。最近ではそんなに珍しくもなくなってきた光景。
「へー、そんなことがあったんだ。見たかったな」
今日のタイキとの出来事を聞いたコウヤは言う。
「格好良かったー!」
「すごいよな、タイキ先生」
「先生は『組術』をやってらしたそうですよ」
「ほんとか?」
組術とは格闘技の一種。打撃もあるが、主に関節技、投げ技などに特化した格闘術である。武術ではあるが、競技としても普及している。
「全国大会で二位まで行かれたそうです。いくつかの国内大会では優勝してます」
「うっひゃー、すっげぇ」
コウヤは奇声をあげる。
「すごかったよ。こう、ドコウのでっかい身体がすぱっと宙を舞ってね」
「そんな人がなんで数学の先生?」
「教師になるのが夢なんだったそうです。グランピアの選手にも選抜されたけど、教員資格の取得に全力を尽くしたいからと辞退されたとか」
グランピアは五年に一度しか開かれない世界最高の国際大会。そこに選抜されるのは名誉なはずなのに辞退するとは普通ではない。
(そうまでして先生になりたかったんだ。だからあんなに生徒思いなのね)
セリナはタイキ・シビルの行動が腑に落ちた。
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