第一話

ぼくらの先生(1)

 セリナ・オミスは十四歳の少女。この国、ダジェンの新教育システム指定校、ロンダート学園の少年過程の五年生である。

 隣にいるのは親友のエイマ・ミユラ、同じクラスの少女だ。給食を食べ終えて校庭の一角にやってきた二人はいつも通りのおしゃべりに興じていた。


「エイマは普科受けるのよね?」

 最近話題になりがちな進路の話。

「うん、あたしの学力でどこまでいけるか分かんないけど、なんかおっきいことしようと思ったらそれっきゃないじゃん」

「そうかも」

「って言っても、具体的にどこ受けるかまでは決めらんない。あー、もー、面倒くさい。まだ時間あるし、ゆっくり考えさせてくれてもいいのに進路進路ってうるさいんだもん」


 受験は少年過程の六年の初夏。まだ一年ある。しかし、教師陣が準備を訴えはじめる時期としては決して遅くはないだろう。


「一年後の学力なんてまだ計れないでしょ?」

 エイマの主張ももっとも。本人の頑張りしだいで変わる。

「一緒に勉強しよ。セリナも同じ高等校行くでしょ?」

「わたし、専科に行くかも。商科とか」

「マジで!?」


 初めて明かす。彼女にはエイマほどの上昇志向はない。


「あっちゃー、迂闊だったわ。そんなこと言いだすとか考えてなかった」

 意外だったらしい。

「ごめんね」

「ううん、セリナの人生だもん。早めに就職して、良い人見つけて結婚とかしたりのほうが向いてる気がするし」

「そういうのでもないんだけどね」


 夢中になるものが見つけられない。親友のように、いつも前を向いて駆けつづけていくのが難しい。それがセリナの悩みだった。


「寂しいな」

「まだ一年以上一緒よ。その先だって友達は友達」

 エイマの顔がパッと明るくなる。

「そうだよね!」

「もちろん」

「あたしはあたしで頑張る。セリナのやりたいことも応援する。それで……」


 そのとき、一陣の風がエイマの長い髪をなびかせた。運悪く低い樹の枝へとかかると絡みついてしまう。舞う埃で目をつむっていたセリナは止めることができなかった。


「やっちゃった」

 親友は困り顔。

「どうしよう。すごく絡まっちゃってる。解くの大変」

「んー、うざったいから切っちゃおう」

「ダメよ!」

 咄嗟に止める。

「こんなにまっすぐで綺麗な髪なんだからもったいない」

「短くしてるセリナに言われたくないけど」

「わたしはくせっ毛だから切ってるだけ。本当は伸ばしたいもの」


 彼女の髪は伸ばすとうねりが強くなる。ぐりんぐりんになって纏まりがつかないので肩口で揃えているだけなのだ。だからエイマの髪が羨ましくて仕方ない。


「でも、これ簡単に解けないっしょ」

 枝に絡んで髪の毛どうしも縺れている。

「休み時間あんまりないし」

「でも、切っちゃいけないわ。合わせるしかなくなるもの」

「どうしたもんかなー?」


 セリナは手を伸ばす。絡んでいる枝はそう太くはない。彼女でも折り取れるはず。実際に簡単に根元からぽきりと折れた。


「このまま保健室に行って解きま……」

「こらー!」

 怒声に身体が固まる。

「お前、今枝を折ったな?」

「ど、ドコウ先生」

「一昨日の全校集会で言ったばかりだろうが!」


 駆けてきたのは体育のサヌテ・ドコウ、生徒指導も兼ねている教師だ。たしかに台上で学校の樹木に悪戯しないよう声を張り上げていた。


「指導室に来い。親を呼んで叱ってもらう」

 威圧感に怯える。

「でも、髪が絡まって……」

「関係ない!」

「細い枝くらい勘弁してよ! セリナはあたしのためにやってくれたんだもん!」

 エイマが柳眉を逆立てる。

「なんだ、その口の利き方は! お前も来い! 同罪だ!」

「行くか、そんな横暴!」

「なんだとー!」


 ドコウが腕をつかみにくる。体罰に至るのは自制しているようだが、引きずってでも連れていくつもりだ。


「まったく! 言ったことも解らんとは!」

「それくらいにしてもらえませんか?」


 ドコウの手首はつかまれて届いていない。その手の持ち主は横から身体を割りこませて二人を庇う。


「あ……」

「タイキ先生」


 心強い大きな背中は同じ教師のタイキ・シビルのもの。彼は大丈夫とばかりにちらりと視線を送ってきてくれた。


「なにをする?」

「落ち着きましょう、ドコウ先生」

 穏やかな声が流れる。

「大したことではないではありませんか。小枝が一本失われただけです」

「それを許すから学校設備を壊しても平気な生徒が増える。前例を作ればひどくなるだけだ」

「杓子定規はやめましょう。この記念樹だって女子生徒の髪を痛めてまで自分を守りたいなんて思いませんよ。小枝くらいおおらかに与えてくれます」

 宥める口調も優しい。

「屁理屈を。そんなでは校内のモラルなど守れんではないか。若造が差し出口をするな!」

「そう、興奮せずに」

「うるさい」


 ドコウはタイキを押しのけて再びセリナの腕に手を伸ばす。許す気など最初からないのだろう。

 ところが、その大きな体育教師の身体がくるりと宙を舞う。彼女が気付いたときには尻餅をつく格好で転がされていた。


「きさま」

「あんたが悪い」

 口調に怒気が混じる。

「教師が生徒の心や身体を傷付けてどうする。絶対に俺の生徒には手を出させない」

「こんなことをしたらただじゃすまんぞ」

「勝手にしてくれ。生徒に対する侵害行為に対処しただけ。学園長はどちらの味方をすると思う?」


 生徒思いの学園長はきっとタイキを庇うだろう。理解しているドコウは苛立たしげに足音高く去っていった。


「行きなさい。もう休み時間も終わるよ」

 振り返ったタイキはもう笑顔になっている。

「はい」

「ありがとう、タイキ先生!」

「ああ、気にしなくていい」


(エイマったら分かりやすい)

 声が少し高い。


 親友が恋心を抱いたのがセリナにはすぐに分かった。

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