タイキ・シビル(1)
「よーし、そこまで」
タイキは教壇脇の電子式タッチボードを操作して、生徒たちのタブレットからテスト解答だけを抜き取る。同時に教科書へのアクセス制限を解放した。真面目な生徒などは教科書を見直して悲喜こもごもな表情を浮かべている。
「先生、難しすぎ!」
「そうか?」
指摘したのはクラスの女子の中心的存在であるアスホ・マッキだ。反抗的にも思えるが、じつはこれで生徒側の意見の代弁をしてくれているのである。意識的にガス抜きをしてくれるのでタイキ的には大助かり。
「頭の3分の2は復習問題だろ?」
「そうだけど、残りの問題が大変なの!」
渋い顔をされる。
「算出過程が合ってれば、途中の凡ミスで答えが間違ってても点数入れてるじゃないか」
「ひねりが利きすぎ」
「幼年学校の学習が身についていればそれほど難しくはないはずだ」
意図的にそうしている。復習問題は習ったばかりの公式を用いればすぐに解けるが、一部の問題はこれまでの学習を応用しないと解けないように作っている。その代わり点数の付け方に工夫をしているのだ。
「お前たちの理解度を計る方法なんだよ」
「解ってる。先生のお陰で落ちこぼれる生徒少ないし。でも、テストの最中は頭煮えそう」
アスホは机に突っ伏している。
「言っては駄目だ、アスホ。単純な〇×にすればタイキ先生は楽なのに、僕らのために真剣に採点もしてくれてる」
「うん。うし、頑張る」
「そうそう」
諫めたのはクスト・ハムナンという男子。他の大半の男子がアスホには口で勝てないのに対し、幼馴染のクストだけが彼女を御することができる。
彼女が気合いを入れることでクラスの皆が納得し、次の授業に向けて心を新たにしている。無意識なポーズへの共感が彼女を中心に押しあげていた。
「でも、次のテストは予告して」
「それは約束できない」
歯を見せて笑ったタイキにアスホは頬を膨らませている。
この少年過程一年二組がタイキの担任クラスである。だから生徒たちも歯に衣着せないし、彼もそれぞれの性格や人間関係まで把握していた。
集めた回答をダウンロードしたタブレットをタッチボードから抜き取って教卓に置く。そのまま放課の会をして一日の終わりを告げた。
「タイキ先生」
「なんだ?」
クストが教壇までやってきた。
「昨日のテレビ観た? 不思議特集」
「悪い。観てないな」
「そっか、残念。先生がどう思ったのか聞きたかったのに」
彼の興味を惹く内容だったらしい。銀縁の眼鏡を直しながら訴える。
「教えてくれ。どんなのだったんだ?」
「未確認物体の特集パートもあったんだよ」
クストは宇宙関係の話題が大好物である。数学だけでなく理科も専攻して、物理や天文も相応に学んできたタイキに色々と聞く場面も多い。
「メタリヤの
「ああ、昨日のテレビ?」
アスホもやってきた。
「公表された映像のこの部分、これペン型未確認物体だよね?」
「学習用タブレットに重たい動画を溜めこむんじゃないぞ。どれどれ?」
「魚みたいなやつ?」
テレビ局の公式配信動画を観る。相当荒い画像ではあるが、第五惑星
クストが言ったように、世間ではペン型未確認物体と類されているものだろう。紡錘形の胴体部からは突起も見られるが形状までは定かではない。
「遠いな。画素が荒すぎてなんともいえない」
感想を述べる。
「ドーダンはもうゴリアス周回が終わって第八惑星の
「それもあったんだけど、電波望遠カメラにも映ってなかったみたい」
「最初の動画にノイズが映ってただけなんじゃない?」
アスホはこういうのはあまり信じないタイプ。
「でもね、動画収集後に数分だけ通信が途絶えた時間があったらしいんだ。もしかしたら、なんらかの妨害がなされた可能性もあるってコメンテーターの教授が言ってたけど」
「なるほどな」
なにせ不思議特集番組だ。コメントを求めた相手はなにかとセンセーショナルは発言をしてくれる人物を選んでいるだろう。
「見た感じは微妙としか言えない」
否定も肯定もできないレベル。
「でも、これは驚くと思う」
「そういえばもう一つあったのよね」
次は静止画だ。
「おう!」
タイキを目を細めて真剣に観察する。
「すごいでしょ?」
「ううむ」
「やっぱりあの未確認物体には人が乗ってるんだ」
クストはレンズの向こうの目をきらきらさせながら強弁する。
「どうだろうな」
「先生は違うと思うの?」
「人型には見える。だがな、宇宙服を着ているにしては腰高だろう? とても宇宙遊泳している様子じゃないぞ」
瞠目した生徒はもう一度目を皿のようにして静止画を見る。タイキの言ったことが間違っていないと思ったのか、見る間に表情が陰った。
「ノイズなのかなぁ」
「そうは限らない。続報を楽しみにしてろ、な?」
クストを慰める。
彼の夢は大切なものだ。簡単に壊していいものではない。将来の原動力になる可能性だってある。
(それでもテレビを鵜呑みにしない感性は持っていてほしいからな)
だから疑問を投げかけた。
「アスホ、帰るわよ」
「遅いから迎えに来ました」
二人の幼馴染が教室の扉から声をかける。
「あ、うん。帰ろ、クスト」
「うん。ありがとう、タイキ先生」
「いつでも来い。気を付けて帰れよ」
タイキは教室を出ていく二人を見送った。
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