第52話 青龍寺、にて
青龍寺。
タツのここでの滞在先。
そこそこ大きなお寺で、相変わらず、常に参拝の人が数名はいる感じ。
雨の中、私はタツと一緒に、本堂の裏手へ回る。
ちょっとした離れ。っていうか、社務所ってのも兼ねてる?
小さな社務所っていうか、社務所の受付みたいなのは、本堂の近くにあるけど、がっつりとお仕事するのは、この建物の手前部分なんだって。
この前は、そこまでしっかり見てなかったけど、生活スペース用の玄関はさらにその裏で、そこから私たちは前回入ったみたい。
お仕事用の玄関は別、で、どうやら今回は、こっちの玄関から入って行きます。
入ると、玄関はセメントみたいな広い空間で、目の前には左右に広がる木の廊下があった。
地面から廊下までは、私の腿ぐらいの高さがあって、1段だけの階段が同じくセメントで作られてる。まぁ、昔ながらの、家の玄関、かな?田舎へ行くとよくあるタイプのやつ。バリアフリーって何?な感じだけど、これはこれで趣がある、かな。
左右に広がる廊下だけど、もちろん普通の廊下の幅で、目の前には、障子、じゃないな、障子型のガラス戸があった。
タツは、遠慮もなく、そのガラス戸を引く。
そこは旅館の宴会場みたいに畳が敷かれた広い部屋で、奥の方には何人かが畳に座布団を敷いた上に座り、座敷用の机に置かれた書類?に向かっている。
ほとんどは、普通の書類仕事みたいだけど、何人かは墨で和紙製のノートに何か書いてたり、布製の何かを作ってるみたいな人もいて、作業部屋って感じ。
墨の独特の香りを感じつつ、手前奥の畳に絨毯を敷かれた応接スペースに向かう。ガラス戸を開けた正面には二畳分の何もないスペースがあって、その奥が応接スペースになってるの。
年季の入った絨毯の上に、低いテーブルと、それを囲うように複数のソファが並べられていて、そこが外向けの応接スペース、ということらしい。
ちなみに皆さんが作業しているのは、ガラス戸を入って左側の大きな空間ね。
「ちょっと待っててな。呼んでくるわ。」
タツに言われて、ソファにかけると、熱い日本茶を作務衣のおじさんが用意してくれた。それに口をつけると、同じように一口お茶を飲んだタツがそんな風に言った。
呼んでくるって?
どういうことかと、首を傾げると、あの騎士様、結構面倒なことを言ってるみたい。
雨の中、小百合さんに無理矢理つれてこられ、生活スペースにあるお風呂に突っ込まれたベリオだったけど、食事を出されて食べている最中に帰ってきたタツと出会って、慌てて家から飛び出したらしい。
別に異形と知って怖がった、ということではなく、どうやら、私の守護者と認識して、そんな人の家に勝手に転がり込むことは、私に寄生しているように思った、みたい。ま、タツが言うには、だけどね。
なんでそうなる?
その辺りの感覚はわかんないけど、確かに貴族で騎士として硬いあいつのことだから、負い目のある者の世話になる、というのは、プライドが許さない、いいや違うか。プライドっていうよりも、もっと申し訳なさ、というのかな、罰を受ける者として、そこは甘えちゃダメ、と、自分を律している、というか・・・・
とにかくベリオという人は、自分にも人にも厳しいやつだった。
どっちかっていうとチャラいナオルとは、そういう意味でもよく対立していたっけ。
あるとき、ナオルが俺に大人の世界を教える、とか言って、とあるギャンブル場に連れて行かれたことがあった。
その賭場は、いわゆる「裏」の賭場で、まぁ、未認可ってやつだ。
それを開いているのが娼館だったってのも、まぁ、いろいろと面倒に拍車をかけたんだけども。
どう面倒かっていうと、そこのディーラーっていうのが、全員その娼館の「稼ぎ頭」たち、ってやつだったんだ。しかも付けているんだかどうかっていう衣装、だったから、まぁ、目のやり場が・・・
うん、そういう場所。
俺は、まだ、その頃は、リーゴに対して特別な思い、なんて抱く前ではあったけど、それでも、なんていうか、その手のことに免疫がなかった。いや違うか。冒険者時代は、そういうトラップ的なものも多く、むしろ嫌悪感を抱いていたからな。
強引に肉体をひけらかすようなやつは、男女ともに碌なやつはいなかった。少なくない不愉快な経験から、吐き気を催すぐらいには苦手だったんだ。
ナオルだって、そんなことは承知の上。
その上で、そんなところに連れて行くんだからタチが悪い。
ナオルとしては、エロ恐怖症(ナオルはそんな風に言ってたっけ)の治療だ、と強引に連れ出した、と言い訳はしていたけどな。
だが、俺がそんなところに連れて行かれたと知った姫様は、黙っていなかった。
まさかまさか、で、娼館に一人で乗り込んできたんだ。
娼館。
ベタなあくどい商売をやっているところだった。
一人乗り込んできた、気品溢れる美人さんを、そのまま無事に帰すはずもなく・・・
考えてみたらあのときすでに、おかしかったんだろうな。
常識がないから、なんて考えていたけど、どうやら、口八丁手八丁に、俺の気を引きたいなら、この衣装で突然姿を現せば良い、なんて言われて、平気できわどい衣装に身を包み、本当に賭場に現れたんだ。
そりゃ、泡を吹いたよ。
ナオルなんて、顔面蒼白だ。
だって、高貴なる姫様が、胸も尻も丸見えの、シースルーの衣装に身を包んで、こっちをニコニコ見ているんだから。
で。
姫が現れたその直後。
事態に気付いたベリオが現れた。
姫のあられもない姿に目を剥き。
あっという間に、賭場を潰し。
抵抗する間もなく、俺もナオルもビンタされ。
姫を自身のマントでくるみ抱き上げると、逆の手で、俺とナオルの髪をがしりと掴んで引きずるように宿へと放り込まれた。
まぁ、そこまでは理解出来る。
文句言おうと、やっと解放された俺たちが口を開きかけると、おもむろに短剣を懐から出したやつは。
ためらいもせず。
・・・・
自身の両の目を一直線に、切り裂いたんだ。
「何をやっているのです!!」
悲鳴のような甲高い姫の言葉に、俺は、硬直した思考を取り戻したのだったけど・・・
「私は、高貴なるその肌を見てしまいました。かくなる上は、と、この悪しき瞳を抹殺したのです。」
淡々と言うベリオ。
パチン!
そのベリオの頬を鳴らしたのは姫の小さな手。
そして、その唇からは癒やしの文言が綴られる。
淡い光がベリオの目を覆い、次の瞬間には、それは完治していた、のだけれど・・・
それでも尚、ベリオはもう一度、同じ事を繰り返す。
姫の必死の
「もし、私を思うなら、その目を私に寄こしなさい。」
何度かの攻防の後、姫が泣きじゃくりつつ、そう言った。
「もちろんです。」
だからこうしている、とでも言うのか。ベリオは淡々と肯定する。
再び、癒やしの力で、復活する目。
それをまた自傷しようてして、姫が叫ぶ。
「お待ちなさい。誰の許可を得て、我が目を潰すのですか!私の物を傷つけることは許しません!!」
威圧、を含む、姫の怒号に、初めてベリオの指は止まる。
まぁ、そのあと、俺とナオルは、八つ当たり気味に、ベリオやら姫にボコられたし、いろいろ大変ではあったけど。
それはいいとしても、ベリオはマジで、自分の目を潰すつもりだったようだ。
見てはならぬものを見てしまったがゆえ、本来は自身を殺したいが、今は任務中の身。せめて直接見てしまったこの目を始末する、そう考えていた、と後日やつは語った。
たかだか布越しの乳を見たぐらいで、と思ったが、そこは騎士として、紳士として許せなかったそうだ。
尊い身を、その裸体を見て良いのは、そのつれあいとなる者のみ。
頑として言い張ったベリオにゾッとしたのは、俺だけじゃないと思う。
私にとって前世の出来事とはいえ、生を繋げたままこの世界に来たベリオの本質はあのままだろう。
私の関係者、なんて思っているあいつが、頑なに世話になることを拒否するのは、わからないけどわかる、と思ってしまった。
私は、そんなことを思い出しながら、タツに
「私も一緒に行くわ。」
と言い、ベリオの元へと、連れられていくことにした。
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