第13話 マブダチ

 「あんたに言うことやないんやろうけどな・・・」

 風呂で汗を流そう、と、川縁からぼちぼち歩き始めたとき、ぼそっとタツが言った。

 「ん?」

 「この世界なぁ、あんたんとこの神さんが言うとった程、平和でもないねん。」

 「・・・そうだな。」

 「本当は、前世の疲れ癒したって、って言いたいんやけどな。」

 「一応、オレもこの国で育って、それなりの教育を受けてるからな、単純に安全平和だとは思ってないさ。だけどな、オレが生きてたあの世界に比べたら、天国と地獄の差はあるさ。少なくとも、この日本じゃな。」

 「そやな。よう知らんけどそうなんやろな。さっき戦って思ったわ。あんたレベル、仰山おんねんやろ?びびるわ。」

 「まぁ、これでも魔王打倒に召喚されるぐらいには、トップクラスだったけどな。」

 「そりゃそうやろ。けど、人間でもあんたを殺すことができるやつ、おったんちゃうんか?」

 「そりゃな。こっちもタダで殺される気はないけど、それこそ魔王退治のパーティメンバーだったら作戦次第じゃオレを殺せただろうな。」

 「ふぇー、おっそろしい世界やなぁ。まるでマンガや。」

 「そうだな。フフ。実際、オレも前世のこと思い出したのって、マンガじゃないけど、ゲームをやってるときだったわ。」


 そうだ。浜田家、つまりナコとミコの家で新しいRPGをやろうって誘われて、遊びに行ったんだ。タイトルとかも覚えてないけど、たしか主人公が王城に行って、魔王討伐を頼まれるんだ。そのとき、王女様がやってきて、自分が癒やし手として同行するって言うんだな。そして成功の暁には結婚を許すって王様と王女様が言う。まぁ、テンプレっちゃあテンプレの導入部。


 が、オレには違った。

 封じられていたはずの前世の記憶が、オレを気絶させたんだ。


 二人には悪いことしたなぁって今でも思う。

 嫌な記憶が刺激されて、ああなったんだろうなと今では思うけど、当時10歳。友達がゲームしてたら目を回して、しかも白目剥いて痙攣してたんだそうだ。

 すぐに救急車で運ばれて、入院。

 1週間以上も目を覚まさなかったらしい。

 次に目を覚ました時には、前世を思い出していて、ただ、その処理が追いつかなかった。家に帰されたけど、目を開いたまま、ベッドでぼうっと天井を見つめて動かなかったみたいだ。当時の記憶はほとんどないんだけど、なんかそんな感じだったんだとか。


 それからだ。

 姉をはじめとする家族も、双子も、妙に詩音に対して過保護になっちまった。

 もともと、とろい感じの子だったけど、どうしても、二人分の意識が、言葉を発するときに邪魔をして、いや違うな、それこそ、冒険者の成人男性っていう粗野な口調を10歳の、のほほんとした女の子が急にしゃべったら、困らせるだろうな、っていう意識が強くて、何か言うのに間ができてしまって、その間にこにことすることでごまかす、っていう、余計にぼんやりした女の子って感じになってしまったんだ。


 それが、姉や双子の過干渉を加速したのは、否めないだろうなぁ。

 まぁ、それはそれで良かったんだ。安全安心な世界でのほほんと暮らすっていうのがオレの夢だったしな。まぁ、こののほほんとっていうのをホワホワと生きたい、なんて女神に言ったもんだから、あの残念女神、外見をホワホワとしてしまったんだろうなぁ、と、密かに思ってる。


 オレがそんなことを思いつついたら、多少の沈黙の時間が流れた。


 「そんなマンガやらゲームの世界から、平和を楽しみにやってきたあんさんにこんなこと言うんは気がひけるんやけどな・・・」

 しばらくして、タツが話を再開する。

 「ん?」

 「この世界も、たいがいやばいねん。」

 「・・・うん。」

 「さっきの戦い見学にそれなりの数来てたけどな、こうやって見学に来れる神さんはほとんどおらへん。それどころかな、全盛期からは10分の1やないほど神々の姿が消えてしもた。」

 「消えた?」

 「ああ、理由はいろいろや。環境破壊とかな、人が儂らのこと忘れたとかな、まぁ、いろいろや。他の神さんに滅ぼされたっちゅうのもあるしも人間にもな、だいぶやられてもたわ。ほら、鬼とか悪魔とか妖怪とかな、ああいう生き物は、人間にようさんやられてもた。」

 「・・・それも神、なのか?」

 「何を神言うんかわからんけどな、人間と違うまぁ半分か全部か霊的なもんを神言うたら神になるし、あやかし言うたらあやかしなるしな。そんなん強いやつばかりやあらへんから、人間でもプチって消せるしな。」

 「・・・まぁ、なんとなく分かる。前世じゃ、人間も含めて体の構成要素の1つが魔素だったしな。」

 「魔素、ああ霊力みたいなもんやろ。昔は人間もそれなりに霊力もっとるん、多かったんやけどなぁ。」

 「一応、この世界の生き物も持ってるだろ?オレにも見えるぞ。」

 「うん、そうやねん。そうやねんけど他の生き物を見れるぐらいのやつはほとんどないなぁ。」

 「まぁ・・・」

 「ま、そういうのはええねん。人が文明と引き替えに霊力を失った。そういうんは、もう儂らは諦めてるねん。そやけどな、それにしても、儂らの仲間がどんどん消えてく。寂しいかぎりや。」

 「ああ。」

 「でな、自然にそうなってくんはしゃあない、そこは諦めとる。そやけどな、故意に消されるんはちゃう、そう思わへんか?」

 「そりゃそうだけど。」

 「でな、ものは相談なんやけど、そういうときに手、貸してくれへんかな。」

 「え?」

 「無理強いするつもりはあらへん。できれば敵側につかんといて欲しいなぁと思うけどな。正直言うわ。儂は強いんや。この世界の神の中でもトップクラスや自負しとおる。そやけど、あんたを無傷で倒すんは無理や、さっき戦おうて思い知ったわ。そやから言うんも悪いけどな、できたら味方に、いや、最低でも敵に回るんは勘弁して欲しいんや。」

 「何を言うかと思えば・・・ハハハ、当たり前だろ?ダチの足をすくうようなことはしないさ。そっちが裏切らない限りこっちから裏切るつもりはない。」

 「じゃあ。」

 「ああ、別に敵に回ってなんとかしよう、なんてするつもりはないさ。平和にホワホワ生きる予定なんでね。」

 「せやったら・・・」

 「それにな、オレの目標を邪魔する奴は許すつもりはない。障害は実力行使してでも取り除く。ダチの平穏はオレの平穏ってな。目の前の相談事ぐらいいくらでも乗ってやるさ。さすがに世界を救え、は、もう勘弁だけどな。」

 「あんた・・・あんた、ほんまにええやっちゃのお。やっしゃもうおまえはダチやないマブダチや。この龍神様のマブダチナンバーワンや!」

 ハハハハ、と豪快に笑いながら肩を組んでくるタツに、身長差を自覚させんじゃねぇ!とか叫びながらも、無性に楽しくて、気がつくとこちらもガハハハハと、レディに似つかわしくない声で笑いながら、共同浴場へと足を運んだのだった。

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