第12話 早朝の戦い

 目の前の化け物は紛れもなく龍。

 蛇のように長いからだに鋭い爪を持つ手足。

 ワニのように大きな口。

 二本の角に鼻の下のひげとあごひげと。

 横山大観や龍神を逆さにした呼び名のボールを集めるあのマンガか。

 しっかし、デカい。

 大概の大蛇と戦ったが、その中でもダントツだな。

向こうの龍よりも威厳がある、と感じるのはオレが日本人の記憶と血を持ったからか。


 ドクドクドク


 ハハハ、怖ぇ-。心臓がばくばく言ってやがる。

 ハハハ、なんだこれ、無茶苦茶、楽しい。

 つま先から髪の先まで、ビンビンと感じる、この震えが、生きてるって感じるのは、なんだかこの人生を否定するようで、少し複雑だけれど。


 この人生を否定する、といえば、やっぱり体の差は否めない。

 シオンとて、小柄ではあったけど、詩音ほどじゃない。

 筋肉は、意外と魔素でなんとでもなっているようだ。

 しかし、この剣を構えたリーチが問題か。

 霊剣。

 ある程度のクラスになると扱える剣だ。

 オレも、ずっと共に戦っていた相棒が、激しい戦いでポキリと折れたときに、こいつが助けに来てくれた。

 あっちの世界ではそう不思議な話してもない。

 魔素、というのは、そういうものだ。

 そもそも体というのは魔素で補強して動くし、体だけじゃなくあらゆるものが魔素を固めて作られるのだ、と、思われていた。

 土気のある魔素が凝って大地となり、水気のある魔素が凝って海となる。

 だからこそ、体内の魔素=魔力の多い者の肉体は強くなり、その愛用物は魔素を凝らせて作ることができる。

 オレの相棒はポキンと折れたが、オレの体は心は相棒を完璧に覚えていた。

 だからこそ、周囲の魔素を凝らせ剣を作り出す。

 そうして作られた剣は霊剣と言われた。

 霊剣は元の剣と違って余分な物質が入っていないから、持ち主の心に応じてどこまでも強くなる。最高の武器とは、こういったものを言うと考えられていたんだ。


 そして。

 案の定この世界でも霊剣は呼び出すことが出来た。

 しかし、問題は、霊剣の元となった剣と瓜二つの外観である、ということ。

 前の体での感覚で使うと、バランスが悪い。

 そうはいっても、もちろんこの体がこいつの癖を覚えてはいるんだけど。


 この体にしては長くて扱いずらいな、と、頭の片隅で考えつつ、目の前のデカブツに相対する。


 しかけるにしても、どこが弱点だろうか。

 デカすぎて、的をしぼれねぇ。

 対峙しているだけなのに、相手の放つ魔素が半端なくて、脂汗も止まらない。

 だがまぁ、こいつは生死をかけた決戦じゃねぇ。そのでっかい胸を借りるとしようか。

 オレは、思いっきり地面を蹴って、無策に上段から切りつけた。



 カキン!


 その剣筋を、やつは爪の一つでまともに受けた。

 受け流さずに受け切りやがった。

 ハハハ、最高!

 デカブツと、パワー勝負。

 さすがに強いが、相手は爪の先に対して、こっちは全身の体重をかけることが出来るんだぜ。

 ぐっと、オレは前に踏み出す。

 と、上にフッと重心を移された。

 おっと、と、オレはバランスを崩す前に、後ろへと飛び下がる。


 仕切り直しか、と、まともに構える前に、今度は向こうから爪を振り下ろしてきた。さすがにコレを受けたらぺちゃんこだろ。

 オレは、剣を滑らせて、斜め下へと受け流す。

 それを予想していたのか、別の腕の爪が逆から襲う。

 バク転で回避。

 しつつの、無詠唱で炎の玉をその爪めがけて放ってやった。

 命中!


 さすがに手を引っ込めた奴は、一度下がって立て直す。

 へぇ、丈夫だね。

 オレの炎は、イノシシぐらいなら一瞬で黒焦げレベルだったんだけど、うっすらと表面に黒い色を付けただけのようだ。


 へへへ、乗ってきた!


 奴も同じなのか、嬉しそうな波動しやがって。


 一息つくか否か、オレたちは互いに接近し、1合、2合・・・・

 目にもとまらぬ速さで打ち合う。


 ハァハァハァ。


 息が、結構切れてきたなぁ。やっぱり実践はこの体では厳しいか。


 ツーっと額から頬へと汗が流れる。

 長い髪が鬱陶しい。


 睨み合い。


 ?


 奴が動いた!


 なんだ?口の辺りに魔素が集中?ブレスか?

 なんだなんだ?こっちの世界でも龍はブレスなのか?


 オレは、その属性を見極めようと、目を凝らす。

 あちらの世界では、ドラゴンのブレスというのは、基本的にはそのドラゴンの属性を帯びる。だから、その反対の属性をぶつけるか、反対の属性で結界を張ってしのぐか。それが定石ってやつなんだが・・・

 うーん、水の魔素に近いか?他の力も混ざっているようだけれども・・・

 一瞬火の魔素を纏おうとして、何か警鐘が鳴った。

 咄嗟に無属性、属性の一切ない純粋な魔素を強力に体に纏い、ブレスの来る前方にはさらに盾のように展開する。


 ゴーッ


 ブレスだ。


 ドゴン!


 なんだこのブレス?


 多少の水を帯びているけど、ほぼ素の魔素って、なかなか強い魔物ではないパターン。

 しかも、旧知のブレスと違って、なんだこれ?

 なんとか、持つ・・あ、ダメだ。パリンと盾が割れる音。

 あわててもう一枚を張り出し、それも砕かれながらも、なんとか自身に張った魔素の強化で、その魔素の玉を上へとはじき飛ばす。


 そう。玉だ。

 オレの知ってるドラゴンのブレスっていうのは、火炎放射器のように、力を吹き出すタイプだった。だがこいつは、力を貯めて球状にし、それを打ち出したんだ。

 ドラゴンのブレスじゃねぇだろう!

 

 ハアハアハア・・・


 チェッ、これが異世界のドラゴン、かよ・・・


 チッ。こっちはもう今の攻防で魔素もスッカラカンじゃねぇか。

 あっちは涼しい顔をして・・・


 ん?


 龍の姿がぶれる?


 と思ったら、人の姿に。


 満面の笑顔じゃないか。


 日向龍雄。


 こいつマジで龍神だったんだ。


 パチパチパチ・・・・

 龍雄は満面の笑みで拍手をしながら近づいて来る。


 「すごいなぁ。ほんまにあんさん人間かいな。もう儂、霊力スッカラカンや。ほんま、すごいわぁ。」


 「はぁ?涼しい顔してよく言うよ。ああもうダメだ。こっちこそ、スッカラカンだ。魔力どころか体力もゼロだよ。あぁ、疲れた。」


 オレたちは、いつの間にか戻った川縁でそろって、仰向けに寝っ転がる。

 拳で語る、か。

 なんだかんだで、こいつは悪い龍じゃなさそうだ。

 うん。上手くやれる気がするよ。

 

 しばらく、二人で寝転がっていたけど、やつが最初に上体を起こした。

 オレの顔をのぞき込み、ニカッと笑う。

 そして、右手を差し出してきた。

 はぁ。まだ疲れているのになぁ。

 オレは、その手を掴んで、オレも体を起こす。

 どちらからともなく、しっかりとその手を握り、固い握手。


 「まぁ、なんや。これからもよろしゅうに。」

 「なんだよそれ。」

 「いや、シオンはん、想像以上で人間やめとるさかいなぁ。儂ぐらいが友達にはちょうどえかなぁ、てな。」

 「一応、詩音には友達、いるんだけど?」

 「ハハハ、知ってる。なんか男にも女にもモテモテやもんなぁ。せやけどな、詩音ちゃんは愛でる対象、シオンはダチや。あかんか。」

 「あのなぁ、詩音を愛でるとか気持ち悪いからやめてよ。だけど、シオンのダチなら、大歓迎だ。」

 「ハハハ。シオン。ようこそ地球へ。わてらこの世界の八百万の神々は、異世界の勇者を歓迎する。」

 「・・・ああ、よろしくな。」


 オレたちは改めて強く握手をした。

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