指輪
「
職場での飲み会はそう多くはないけれど、断る理由もなくてわたしは参加をしていた。
そこで若手の出会いがない、という話で盛り上がって、一つ上の先輩女性から質問が飛んでくる。
「職場です」
転職をして会社が変わって以降、わたしは左手の薬指に指輪をしているので、結婚していると見なされている。それを特に否定もしていなかったので、普通に考えれば男性のパートナーがいるになる。
「じゃあ、ダンナさんは前の会社の人なんだ」
「いえ、客先に常駐していた時に知り合ったので、別の会社です」
「じゃあ、声を掛けられて? 篠野さん可愛いしな」
可愛い、なんてわたしに対して言うのは
「ほら、そういうところが可愛い。ワタシが男だったら、確かに声を掛けたくなるかも」
流石にパートナーは女性です、とも言えずにそれには黙っておく。
こういう話をするのすら面倒で、わたしは地味な格好をしていた過去がある。でも、パートナーである
「わたしじゃなくて、
話を元に戻して、何とかそれ以上の追求を避けることができた。
真凪の話が出ると、真凪に触れたくなるので、ちょっと困る。
心が繋がっていることが大事だと考えていた時期もあったけど、真凪のおかげで体としての繋がりも大事だ、と思えるようになった。
淋しかったら触れればいい。
そのことを真凪はわたしに教えてくれた。
わたしは表には出せないけれど、独占欲が強い。
どろどろして、粘着系な所があるとも自覚している。
でも、真凪はそれをちゃんと表に出して、触れ合おうって言ってくれる。
飲み会の話題そっちのけで、真凪のことを考えてしまったせいで、真凪に触れたい欲求が蓄積されてしまう。
1次会の参加だけで切り上げて、わたしはまっすぐに真凪の待つ家に戻った。
「お帰り」
玄関を開けて家に入ると、そこには最近設置した扉がもう一つある。猫の脱走防止用のもので、格子越しの向こうに真凪が姿を現す。
もどかしく靴を脱いで、2つめの扉を開けてから真凪に抱きついた。
「どうしたの?」
「真凪に触れたかったの」
「そういう、思いっきり誘ってるみたいなことを言われると、我慢できなくなるじゃない」
答えの代わりにつま先を立てて真凪の唇にキスをする。
身長差があるので、立ったままでのキスはこうしないと真凪には届かない。
真凪もそのキスに応えてくれて、わたしを抱き返してくれる。
「このままベッドへ行く?」
頷くと、じゃあ行こう、と真凪に手を引かれて寝室に向かった。
「
ベッドに腰掛けた真凪は、おいで、とわたしを膝の上に招いてくれる。
真凪は既にお風呂に入った後のようで、風呂上がり後の匂いがした。
「だって、真凪に触れたくなったんだもん」
「じゃあ、どうぞ」
好きに触っていいよ、とばかりに手を広げられて、わたしは真凪に抱きつく。
真凪はわたしに主導権を渡してはくれているけれど、求めると応じてくれる。でも、真凪にも触れて欲しくて、わたしはそれを強請った。
こういうことは真凪と同棲を始めるまでは絶対にできなかったことだった。
「佳織が全部脱がせてくれるのかと思ったのに」
「真凪も手伝って」
わたしが真凪の服を脱がせて、真凪はわたしの服を脱がせて、上半身を晒す。
そこまできた段階で、自分が飲み会から帰ってきたままであることを思い出す。
「お風呂入ってない……」
「今それ言う!? いいんじゃない? たまには」
「でも……」
「後で一緒に入り直そう?」
「……じゃあいいけど」
真凪に押し負けて、そのまま唇を奪われる。
すぐに真凪が肌に吸い付いてきて、わたしは主導権をあっさり真凪に渡した。
セックスって綺麗な行為じゃないって思ってる。
欲を曝け出して求め合って、体を蕩けさせる。
でもやめられないのは、真凪がわたしに夢中だって感じたいからだろう。
2人でお風呂に入った後、リビングのソファーで並んで座りながら飲み会でのことを話す。
「前にも言ったけど、それは佳織が話したい範囲で話せばいいよ」
転職をする時に指輪をしようと決めたのはわたしだった。真凪は結婚式に合わせて指輪を用意してからは、ずっとそれを身に付けてくれている。左手にすると流石に質問攻めに合うからと右手の薬指にだったけれど、それでも身に付けてくれることが嬉しかった。
わたしも真凪とお揃いのものを常時持っていたくて、事実婚で子供はいないと押し通せばいいか、と転職を機に指輪をつけるようになった。
向かい合って掌を重ねると指輪同士が重なり合うのが嬉しくて、出勤前はよく重ね合う。
わたしと真凪は掌のサイズが違うので、ちょっとだけずれて重って、そのまま指を握り合う。
わたしにそういう時間を大事にしようと言ってくれる人は、真凪だけだろう。
「今日のは差し障りのない範囲で答えられたから大丈夫。言ってもいいんだけど、そうすると真凪と出勤したりし難くなったら嫌だなって」
「今まで通り出勤したらいいんじゃない?」
「ばれてもいいの?」
今、真凪とわたしは別の会社に所属しているけど、ビルは同じで毎日一緒に出勤をしている。
「その時はその時でしょ」
「もう……」
真凪はわたしと違って、何かあったらなんて悩むよりも自分の欲望を素直に優先させる性格だった。
「私は佳織以上に無くして困るものがないから、私のことは気にしなくていいよってだけ。佳織には佳織の考えがあるから思うようにしたらいいよ」
「ありがとう」
この人がわたしのパートナーだと本当は大声で言いたい。
真凪はいつだって悩んでしまうわたしを、考えすぎないでいいのだと包んでくれる。
「でも、佳織が指輪をしてくれているのは、変な虫がつかないで済むから嬉しい」
「わたしは真凪以外に興味なんて持たないよ?」
「だとしても、私のものだってアピールになるでしょう?」
指輪の内側には2人のイニシャルと結婚式の日を刻印してある。世界に2つしかないわたしと真凪を繋ぐペアのリングだった。
「棺に入る時もつけたままでいようと思ってる。わたしのパートナーは死んでも真凪だけだから」
「じゃあ生まれ変わっても、わたしは佳織を探さないとだね」
「真凪はわたしのだから」
「佳織のだよ」
頷いたわたしに真凪からのキスが落ちる。
さっきしたけど、真凪もわたしも今日はそれだけじゃ満足できないようだった。
ベッドへ行こうという誘いにわたしは頷いて、指輪をした真凪の掌に自分のそれを重ねた。
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前に書いてあったのですが、公開しそびれていたやつです。
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