番外編

猫の日記念 お迎えの日

佳織かおり、準備できた?」


いつもはぎりぎりまで寝ているくせに、今日の真凪まなはわたしと一緒に起きて、出かける準備を整えると早々に玄関で待っていた。


「別に急がなくてもいいのに」


約束の時間には、まだどんなにゆっくり歩いても間に合うだけの余裕がある。


「だって早く迎えに行きたくない?」


真凪から猫が飼いたいとリクエストがあったのが1月程前のことだった。


神妙な面持ちで折り入って相談したいことがあると膝を揃えられたので、別れ話だったらどうしようと思わず身構えてしまった。息を呑んで真凪の言葉を待つと、自分の誕生日祝いとして猫を飼うことを許して欲しいというものだった。


拍子抜けしてしまったところはある。


でも、真凪が猫を飼いたいと言い出した理由がわたしにある気がして、わたしは即答できなかった。


わたしと真凪がつき合うことになったきっかけは、わたしが以前飼っていたルナという黒猫にあると言っても過言じゃない。ルナがいなければわたしは真凪の部屋を間借りするなんてこともなかったし、自分の部屋に気軽に真凪を上げるなんてこともなかっただろう。


そういう意味でわたしと真凪にとってはルナは特別な存在だった。


そのルナの最後を真凪と一緒に看取ってから、淋しかったものの次の猫なんて考えられなかった。


でも、真凪の望みを拒否するだけの理由もなくて、真凪が探し出したという子猫を二人で見に行った。


そこでわたしは真凪に嵌められてしまったことに気づいたのだった。





真凪に急かされるように準備をして、二人で家を出る。


真凪の手には、先日購入した手持ちタイプのペットケージが握られている。今日からトライアルで2匹の子猫を預かることになっているのだ。


2週間前に真凪が目星をつけた保護猫を見に行って、そこで引き取りたいと申し込みをした。初めはルナと同じ黒猫の方だけを考えていたけれど、兄弟がいると聞いて、仕事でいない時間も多いしと2匹揃って引き取ることになった。


決定権はわたしにはないので、もちろんそれは真凪の意思だ。


「うちに慣れてくれるかな」


「慣れてくれるまで真凪は必死に頑張るでしょう?」


この2週間の真凪はとにかく子猫の受け入れ準備に夢中だった。ベッドの中でもああしよう、こうしようが止まらないので、ちょっと妬いてしまってわたしから誘ってしまったりもしてしまった。


真凪が猫を好きなのは嬉しいけど、真凪にはやっぱりわたしが一番であって欲しい。


「頑張るけど、どうしても猫に嫌われるってこともあるでしょう?」


「真凪なら大丈夫。ルナだって懐いていたし」


真凪は知らないだろうけど、ルナは愛想で相手をしてくれるタイプではなくて、好き嫌いがはっきりした猫だった。そのルナが興味を持ったのだから、心配なんてしなくてもいいと思うのに不安になっている様はちょっと可愛い。


「佳織も手伝ってね」


「真凪が飼いたいって言うから、しょうがなくね」


新しい猫たちをルナと一緒に考えられるかと言えばそうじゃない。でも、小さな温もりには抗えないこともわたしは知ってしまった。


ルナを拾った時なんて遥か彼方のことで忘れていたけど、子猫って無条件に可愛いくて仕方がないのだ。


あともう一つ。


心が狭いと言われるかもしれないけど、わたしは真凪との生活に他の存在は入れたくない。仮にわたしと真凪の間に子供ができたとしても、子供優先にできない気がしている。


だからこそ、人ではない存在とならまだ譲歩できる。


それであればわたしが真凪を独占しておけるから。





生後三ヶ月を過ぎた2匹の猫を預かって、一つのケージに入れるとまっすぐに家に戻った。


家に着いてからは、2匹のために用意した部屋用のケージに移す。


初日なので落ち着くまでは狭い場所に置いておくように言われていたので、それは指示通りだったけど、真凪は触りたくてケージの前に座り込んでいる。


「真凪、そんなにくっついていたら慣れるものも慣れないよ」


「でも、みーみー鳴いてるし」


「子猫は鳴くものでしょう? ちょっと離れたら?」


そうは言いながらもわたしも真凪の隣に座る。ケージの隙間から手を差し込むと、興味深そうに寄って来たのは赤みのある茶トラの方だった。指先を嗅がれて鼻をつけられるとくすぐったい。


「この子の方が好奇心旺盛だね」


「みたい。男の子だからかな」


茶トラの方が男の子で、黒猫の方が女の子だった。黒猫の方はおっとりした性格のようで、ケージの中に置いたベッドで丸くなったまま動かない。兄弟でも性格が全然違うようだった。


「真凪はこの家を決めた時から、猫を飼うって決めてたでしょう?」


ルナを亡くした後、真凪と二人で過ごすために今の家に引越をした。その時に真凪は猫が飼える部屋という条件を譲らなかった。


「私が飼いたかったからだよ?」


真凪はそうは言うけれど、それだけじゃないことは分かっていた。


「ありがとう。わたしは真凪が飼うって言わなかったら、もう二度と猫は飼わないつもりだった」


「知ってる。でも、そういうのもったいなくない? ルナはルナで大事な存在だったけど、この子たちと新しい関係が築けるかもしれないでしょ? 同じである必要も変わりである必要もない。ただ、この子たちの生を幸せなものにしてあげたいし、私たちも生きるための安らぎが得られればいいなって思ってる」


「そうだね」


真凪の腕が背に回されて、顔を上げるとキスが落ちてくる。


触れるだけのキスは真凪の温もりそのもののようだった。


「佳織と暮らせて今も幸せだけど、この子たちと一緒に日常を楽しもう?」


真凪はやっぱり真凪だ。


わたしにも、猫たちにも優しい。


膝の上でお昼寝したくなるような、そんな人。


だからこそわたしも含めて猫に好かれるのだろうけど、きっと自覚はない。


「名前、決めた?」


「茶トラがロトで、黒猫がノアでどうかな?」


100個くらいの候補から漸く絞り込んだらしい。真凪がそれでいいならとわたしも承諾をした。


ロトとノアとわたしと、真凪。


今日から2人と2匹での新しい生活が始まる。



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バレンタインデーはやらないくせに、猫の日はやってみました。

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