第32話 エピローグ

同棲し始めたばかりの頃は、まだ手探り状態だった二人での生活は、一年半もすればすっかり馴染んでそれが当然と感じられるようになっていた。


佳織はあの後転職活動を再開して、無事転職して、今は朝は一緒に出勤をするようになった。佳織の転職先はたまたまだけど私の会社のグループ会社で、オフィスも同じビル内にあるので、帰りに待ち合わせてデートして帰ることもあった。


佳織が前向きになれていなかったセックスも、今では抵抗なく受け入れてくれるようになったし、ちょっと調子に乗って週三回目を誘っても怒られない。あまり突拍子もないことをすると口を聞いてくれないことも時にはあるものの、概ね上手く行っていた。


二人だけの生活には不満はなかったものの、それでも私はそこにはまだ足りないものがあると感じていた。


私の誕生日のリクエストとして佳織に提案をして、佳織はまだ承諾はしてくれていないものの、一度見に行くことの了解は得られた。


土曜日の午後に二人で電車に乗って、事前に調べた情報を元に目的の店に向かう。


商店街から逸れた路地に面した古いビルの3階が目指す場所で、外で待ってると言い出しかねない佳織の手を引いてその店に入った。


予め連絡を入れていたので、応対に出たスタッフに伝えると、すぐに中に案内される。


「佳織、この子」


案内された場所にいたのは、まだ生まれて2ヶ月だという黒猫だった。


少し前から私は保護猫の情報を見ていて、そこで今目の前にいる子を見つけたのだ。


スタッフがケージから出してくれた子猫を、佳織は黙って受け取って胸に抱え込む。そこまで暴れるでもなく、その子は佳織の胸の中に収まって、佳織に頭を擦りつけている。


佳織がそれだけで心を奪われたことは表情ですぐにわかった。文句は言っていたけど、佳織はやっぱり猫が好きで、触れると離せないタイプなのだ。


「佳織のこと気に入ったみたいね」


「そうかな。真凪が飼うんだから真凪も抱いてみて」


そう言って子猫を渡されて、手で受け取ろうとしても小さすぎて壊してしまわないかと不安を感じてしまうくらいだった。


それでも人見知りはせずに、私にも擦りよってくれて、小さな頭を指先で撫でると、頭を擦りつけてくる。


「真凪が飼いたいなら、いいから……」


やっぱり折れた、と私は内心で笑いを出す。


今の家を決める際に、私は猫が飼える場所にしようと条件をつけていた。佳織はもう飼わないからそんな条件つけなくてもいいと言っていたけど、私は飼わないなら飼わないでいいだけだと、その条件を取り下げることはなかった。


生き物だからいずれは別れを経験することになるのは当然だろう。でも、それを理由に飼うこと自体を否定することはしたくなかった。人だって猫だってその間にあった愛情は消えるものではない。


「この子、兄弟がいるんです。仲もいいので、2匹は考えていらっしゃらないですか?」


スタッフの提案にケージの中を見ると、奥にもう一匹の子猫がいるのが目に入った。赤みのある茶トラで小さな声で反応をしている。


「どうしようか?」


ちょっと考え込んで佳織を見ると、茶トラの方も既に抱っこさせてもらっていて笑ってしまう。今日は嫌々来た人間とは到底思えない行動だけど、それは佳織らしさだろう。やっぱり佳織も猫は飼いたかったのだ。


佳織は黒猫じゃなくても問題はないようなので、まずはトライアルとして二匹を預かることで話がついた。


「真凪が欲しいって言うからだからね」


帰り道、準備のためにペットショップに寄って、足りない物を選んでいる最中に、そんなことをわざわざ口にする佳織は相変わらずのツンデレっぷりだった。


「それでいいよ。私が引き取るんだしね」


「世話くらいは手伝うけど……」


「冬とか布団に潜り込んで来てくれそうで、楽しみ」


「…………それはだめ」


「どうして?」


「それはわたしがするから」


顔を真っ赤にしながら言う佳織は、可愛すぎで思わずキスをしたかったけれど、流石に場所が場所なだけにできなかった。


「佳織」


両手に買い出しをした猫用品が詰まった袋を抱え、店を出てから私は佳織だけに聞こえる声で名前を呼ぶ。


「なに?」


「佳織が可愛いこというから我慢できなくなっちゃった」


「えっ!?」


「このままホテル行っていい?」


「……買い出しした荷物あるから、帰ろうよ」


「じゃあ、帰ってからつきあってくれる?」


「それなら……」


頷いた恋人の額に軽くキスをして、私と佳織は両手いっぱいの荷物を抱えて家路を急いだ。



end


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本編は完結ですが、明日からはちょっとだけアフターストーリーを公開予定です。

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