第28話 一人だけの新居(篠野視点)
引越をしたものの、二人で暮らすはずの引っ越し先にはわたししかいなかった。
引越の日、真凪の荷物だけが運ばれてきた。適当に空いてる部屋にでも詰め込んでおいてと、結局真凪はその日新居にも姿を現さなかった。
わたしは片付けをする気も起きなくて、必要最小限のものだけ段ボールを開いて生活するようになって、気がつけば携帯ばかりを気にしていた。
真凪からの連絡は引越以来一度もない。
自分が悪いのだとは当然分かっていた。
それをどうすればよいのか分からずにわたしは悩んでいる。
真凪のことは大好きで、ずっと傍にいたい。
セックスは積極的ではないにしても嫌いでもなかった。
それが真凪とするようになって、怖いと感じるようになった。
自分が自分でなくなる、そう感じてしまう時があって、このまま真凪とそういうことを続けたら、どうなるのかと恐れを感じた。
それは前から感じていたことだったけれど、ルナのこともあって、間隔が開いたことが多分不安を増幅させる結果になった気はしていた。
真凪はわたしに対して真っ直ぐすぎて、その瞳を真正面から受け入れる勇気がわたしにはない。
逃げてしまいたくて、真凪にしなくてもいいかと提案をしたけれど、真凪の答はノーだった。でも、それは真凪だけじゃなくて、誰だって同じだと分かっている。
おかしいことを言ってるのはわたしだと自覚しているけど、どうすればいいのかわからなかった。
わたしに人を愛する資格なんてそもそもなかったのだろうか。
膝を抱えて涙を零しても、わたしを抱き締めてくれる存在も、擦りよってくれる存在もその部屋にはいなかった。
この孤独に耐えられないと知っているのに、一人で立つことすらわたしはできなくなっていた。
仕事から帰って相変わらず無気力なまま過ごしていたわたしは、携帯の着信音に目を開く。
画面を確認するとそれはナナからのものだった。真凪でなかったことに落ち込みながらも通話ボタンを押して応答すると、どういうことかといきなり詰められる。
「水上さんバーで、知らないこと呑んでた。一緒に住むんじゃなかったの?」
それだけであふれ出てくるものがあったけど、必死で堪えてナナに答えを返す。そんなことをする人ではないと分かっているけど、それ以上のことをしてしまった自覚はある。
「……わたしは引っ越したけど、真凪はまだだよ」
「浮気してるってことじゃないの?」
「わたしが悪いんだと思う」
真凪の気持ちを壊したのはわたしで、真凪を責めることなんてできないことも分かっている。
「何があったの?」
「…………真凪にもうセックスはしたくないって言っちゃったんだ。でも、真凪はしたいって、それで今上手く行ってない状態なんだ。もう別れるになるかもしれない」
「別れて、それでササはいいの?」
「だってどうしようもないよ」
「水上さんの手を離したら、ササはもう誰とつき合うことも愛し合うこともできなくなるよ」
「……わかってる」
手を離したいなんて思っているわけがなかった。むしろ、真凪が傍にいないなんて、もう考えたくない。
今だって堪らなく不安で、真凪の温もりを感じたいと思っている。
「じゃあ、必死で引き留めなさいよ。
ナナがわたしの前の恋人の姉だということを知ったのは、唯依とのつきあいを告げられた飲み会の場でだった。叶海と別れたすぐ後にナナとは知り合って、ずっとわたしを気遣ってくれたことをその時に知った。
ナナは叶海に聞いて前の恋の終わりを知っているからこそ、そんなことを言ってくれるのはわかっていた。でも、どうにかできているならとっくにしている。
「うん……」
「ササって本当は誰も好きじゃないんじゃないの? 結局自分しか大事じゃないんでしょう」
「そんなことない。真凪のこと好きだし、一緒にいたい」
「でもしたくないんでしょ? 優しくされて、ちやほやされたいだけなんて、自分のことしか考えてないってことじゃない?」
「違う……違うよ…… 」
「違わないから。浮気してるくせに水上さんの背中は淋しそうだった。だからワタシも何も言えなかった。誰だって一人で生きていけるほど強くないの。愛したいし、愛されたいし、愛し合いたい。そう思うのは当然だから。水上さん、佳織にプロポーズまでしたんでしょう? 本気で本気で佳織を大事にしてくれようとしてたんだからね、あの人。その期待を裏切ったの佳織だから、自覚して」
ナナの言っていることは正論で、わたしは一つも反論できるものがなかった。
「……分かってる」
「じゃあもう別れるでいいんだ」
その言葉に涙が溢れて、止まらない。
別れたくなんかない。
傍にいて欲しい。
抱き締めて欲しい。
キスをして欲しい。
「どうしたらいい?」
「知らないわよ。引き留めたいなら、水上さんの望むことに応えるしかないんじゃない? もう手遅れかもしれないけどね」
そう言ってナナは一方的に電話を切った。
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