第25話 引越準備

翌日も佳織は急遽休みを取って、一日の大半を泣いて過ごしていたようだった。私が帰ると、泣きすぎて瞼が腫れ上がっていたものの涙は止まっていて、ただいま、と佳織を抱き締めた。


その夜はほとんど言葉も交わさずで、前日と同じように佳織を抱き締めて眠って、その次の日から佳織は普段通り出勤を始めた。


ルナは小さな遺骨になって佳織の元に戻ってきて、佳織は毎日更に小さくなったルナに話しかけている。


佳織を元気づけたいとは思いはあるものの、佳織とルナが過ごした時間を思えば今は少し悼む時間があってもいいだろうと、私はできるだけ佳織の傍にいることを優先させている。


佳織も私もルナの寿命が残り少ないことは分かっていたものの、佳織の落ち込みが深いのはつきあった年数の差だろう。


「真凪」


「なに?」


「何かいつの間にか真凪がずっと一緒にいてくれるになってるね」


「フライングで同棲はじめちゃったからね。一回帰った方がいい?」


それに佳織は首を横に振る。


「真凪にいっぱい頼ってばかりだけど、真凪に傍にいて欲しいから……」


「たまたまそういうタイミングだけだっただけでしょう? そろそろ、ちゃんと引っ越し先探そうか?」


佳織はそれに頷いてくれて、少しは前を向く元気が出てきたことに私は胸を撫で下ろしていた。





引っ越し先は佳織と条件面で少し食い違いがあって口論したりしたけど、無事二人で暮らす部屋が見つかって今は引越の準備に追われていた。


土曜日の午後から一緒に買い物に行って、新居に必要なものを見て回った後、久々に佳織は私の部屋に泊まりに来ていた。つきあい始めてからはルナがいるからと、佳織の部屋に泊まるだったので、佳織にとっては引っ越してから始めての来訪になる。


長く広い部屋に住み続けていた私は、何でも気にせずに置いておけた分荷物が多く、引越準備は全く進んだ気がしていなかった。


そのことを佳織に言うと、手伝うと今日は泊まりに来てくれたのだ。


「真凪、これどうする?」


佳織には以前住んでいた頃と全く変わっていないキッチンまわりの整理をお願いして、持って行きたいものだけを詰めてとアバウトな指示をした私に、佳織から確認が飛んで来る。


「そんなに数いらないから、減らして持って行く?」


佳織が聞いてきたのはセットで揃えられた食器類で、伯母が住んでいた頃からあるものだった。今まではたくさんあっても使わないだけで大して気にはならなかったけど、二人での生活には些か数が多かった。


「わかった。真凪の方は進んでる?」


「……悩んじゃって進んでません」


だと思った、と佳織は笑顔を見せてくれる。


今日は泊まってくれることもそうだけど、少しずつ佳織はルナがいない生活に慣れてきているようだった。


日付が変わる頃まで片付けをしたものの、まだまだ先は長く、今日は切り上げようと佳織に伝えて、その日の作業は終了することにする。


多少甘く見ていたのかもしれないが、まあ何とかなるだろうと楽観視してしまうのは私の生来の性格所以だろう。


「思ったんだけど……」


そろそろ寝ようかと、片付けに切をつけて、リビングから私の部屋に二人で移動をする。


一緒に住んで居た頃は別の部屋だったとはいえ、今は佳織のベッドはもちろんなくて、来客用に一組だけ置いていた布団も佳織の部屋に持って行ってしまっている。


となると私の普段寝ているベッドだけが寝られる場所だった。


セミダブルのベッドに腰を掛けながら、佳織は何かを考えているようだった。


「このベッドって真凪と唯依が一緒に寝てたベッドだよね?」


「…………もう時効でいいんじゃないかな」


今更感はあったもののそういうことを気にするのが佳織らしい。


「唯依以外ともあった?」


「…………あります。ごめんなさい。でも、このベッドは新居には持って行かないから」


私がここに住み始めてからずっと使っていたベッドということもあって、つきあった過去の彼女の顔が浮かぶ。はっきりと記憶はしていないものの、恐らくその全ての彼女をこのベッドには招いていた。


「しないからね、今日は」


「わかってる」


ルナが旅立ってから私と佳織は一度も肌を合わせていない。もし、今日は誘えたらという下心はちょっとあったりもしたけど、佳織が嫌なら無理強いすることではないと諦めることにする。


「ベッドは一つしかないから一緒に寝るのだけはいい?」


「それは仕方ないけど……」


「じゃあそうしよう」


「嫌にならないの?」


「何が?」


「……最近してないから」


「血気盛んな十代でもないから、佳織を襲ったりはしないから安心して。今は佳織が傍にいてくれるだけで十分だから」


小さく頷いた佳織は佳織なりに罪悪感を感じているのだろうとわかる。


「でも、佳織がしたいならいつでもつき合うからね」


「真凪、わたしがもう一生したくないって言ったらどうする?」


「……佳織が本当に望んでないなら、触れ合わないまま一緒にいる道を探るしかないかな」


「ごめん。真凪と一緒に居たくないわけじゃないんだけど……」


ルナのことがあって、一時的にそういう気分になれないだけだと私は考えていたけど、佳織の悩みはもっと奥が深いのかもしれない。


元々佳織は肉体的な欲求は薄い方で、触れ合ったりキスをするだけで十分だと感じるタイプだった。それでも、ここまで後ろ向きなのは何か原因があるような気がしていた。


「佳織、引っ越したら一緒に住んでた頃みたいに別々の部屋にするでもいいよ。近づきたい時だけ近づくでも」


それに佳織が首を横に振ったのは少し意外だった。


「それは嫌。真凪と一緒の部屋がいい」


「じゃあそうしよう」


佳織は私と一緒にはいたいけど、セックスには積極的になれないということだった。何かしでかしたかな、と過去の記憶を探って見るものの思い当たるものはなかった。


やっと二人で新婚生活を満喫できるはずが、佳織はそう簡単にはそこに辿り着かせてくれないという、相変わらずの難解さだった。


それでも可愛くて手放せないので、頑張るしかないかと、その日私は佳織と手を繋いで眠りについた。

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