第23話 佳織の決意

相談があるから帰りにちょっと寄って欲しいという恋人の珍しいおねだりに、私はできる限り早くに仕事を切り上げるべくその日は頑張って仕事をこなして、19時には会社を出ていた。


会社から見ると私の家と佳織の家は方角的には同じになる。最寄り駅の路線は違ったけど、乗り換えの手間もそれ程ないので寄りにくくはなかった。


20時前には佳織の部屋に着いて、既に帰宅していた佳織は夕食の準備中だった。


先にご飯にしようという佳織の提案に、夕食ができるのをルナと遊びながら待って、向かい合わせで夕食を取る。


佳織は料理は本やインターネットで学んだ我流だから合っているかどうかわからないと言っていたけど、私よりは全然上手で、佳織がやってくれると言ってくれる時は素直に甘えることにしていた。


今日も佳織の料理を堪能して、片付けをすると言ったものの、それよりも相談に乗って欲しいことがあるからと佳織はノートパソコンをテーブルの上に置く。


「エージェントに登録してみたんだけど、どういう所に申し込めばいいのか分からなくて……」


佳織は本格的に転職活動を始めたようで、エージェントのサイトを開いて私に見せてくる。佳織の相談事は転職活動のことで、私を頼ってくれたことは素直に嬉しかった。


抱き締めてキスしたいものの、真面目にやってと怒られそうなので、まずは佳織の話を聞く。


「佳織の希望は? やりたいこととか、これは譲れない条件とか、何かある?」


「保守じゃないことをしたいくらいしかなかった」


「パッケージ持っている会社がいいとか、SIerがいいとか、ユーザ企業がいいとかは?」


「どう違うの?」


一からちゃんと説明が必要だな、と一通りを説明して、更にエージェントのサイトを見ながら、登録されている会社の説明も終えた頃には23時を回っていた。


「ごめんなさい、遅くまで捕まえちゃって……」


「佳織が謝ることじゃないでしょ。私はもう佳織のパートナのつもりだし、佳織が頼ってくれるのは嬉しいから。でも、しばらくはすぐに相談したいってことあるだろうから、一緒に住んでた方が便利なんだけど、まだ家も決まってないしね」


「じゃあ、うちにしばらく泊まる?」


「佳織とは思えない大胆な発言じゃない?」


「そういう意味でじゃないからね」


私を頼りたいと思ってくれること自体が、佳織にしては大きな進歩で素直に嬉しい。


「分かってます。今日明日に準備は流石にできないから、週末に当面の生活に必要なものを持ってくるでいい? それまでにも何か相談したいことがあったら、今日みたいに寄るしね」


「真凪って優しすぎるよね」


「佳織だけ特別なのは当然でしょう?」


目を細めて笑う佳織に、そのまま顔を近づけて触れるだけのキスをする。


今の私は佳織のためなら何だってしようと思うくらい、佳織に夢中で、必要とされればどこへだって駆けつけられる。


「今日は帰るね」


ちょっと残念そうな恋人の顔が見られて、また週末にと約束をして私はその日は家に帰った。





週末から佳織の部屋に居候を始めて、夜は思っていた通り佳織の転職の相談に乗ることが増えていた。


家探しも早くしたかったけど、今の佳織にはそんな余裕もないだろうと、インターネットで探しながらも本腰までは入れていなかった。


猫が条件に入っているとやっぱり物件は少なくて、少し伯母夫婦にも時間の余裕は貰っているので、前の佳織の引越の時のように時間を掛けて探すのがいいだろう。


佳織は登録したエージェント経由で3社は1次面接をして、その内1社は2次面接に進んで、今は面接日が来るのを待っている状態だった。


そこまで大きな会社じゃなかったものの、私の耳に入っている評判もそれ程悪くない会社なので、佳織の転職先にはよさそうだとも感じていた。


佳織の面接日が近づくと、仕事から帰った後に佳織の面接の練習につきあいながらも、最近ルナがあまり起き上がって来ないことが私は気になっていた。


「ルナ、最近特に動かなくなったね」


そのことにはもちろん佳織も気づいていて、頷く声は沈んだものだった。


「私がいない方がルナのストレス減るんじゃないかな?」


「そんなことないと思う。ルナ、真凪が好きだし、撫でるとちょっとゴロゴロしてるでしょう。好きな人にしかルナは甘えないから」


「わかった」


頷いた佳織は私以上に不安な表情で、私は佳織を抱き寄せた。


「わたしがいて欲しいし……」


「大丈夫。佳織の傍にいるから」


そう言ってくれるということは、佳織は少しは私を頼りにしてくれているということだろうと、佳織の手に自らの掌を重ねる。

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