第21話 短い旅の終着点

乗っていた電車が終点に辿り着いて、また乗り継ぎの電車に乗って、定期的にアナウンスされる駅の名前は聞き覚えのないものばかりだった。


どこでもいいやと思いながら、夕暮れが近づいているのは感じていた。ふと、車窓から見える海に太陽が沈むのだろうかと、深く考えもせずに電車を降りる。駅から海までの道のりは真っ直ぐに続いていて、迷うこともなく海辺の浜に辿り着く。


雨上がりの砂浜には夕暮れを楽しむ人がそれでも何組かいて、少し離れた消波ブロックに腰を下ろす。雲はまだ空には多少残っているものの、太陽を覆い隠すほどでもなく、沈む夕日を心を無にして見つめていた。


昔から私は何をするにしても考えが浅いとはよく言われた。でもわかっていても、それを直しきれるかと言われればそうじゃない。


それに今回のことは自分でも真剣に考えて出した答だった。


唯依とつきあっている時の自分は、唯依に夢中すぎて周りが見えてなかった。別れてから唯依に自分を押しつけすぎてしまっていたのではないかとも反省をした。


佳織とつき合うことに臆病になっていたのは、佳織とのそれまでの関係を壊したくなかったのはある。でももう一つ、佳織は人に裏切られると心に傷が残って先に進めなくなるタイプだと感じていたから、つき合うのであれば本気で受け止めないといけないと自分の心を固める時間が必要だった。


佳織とつきあい始めた時点で、私はずっと佳織と手を繋いで行くようなつきあいをしようと意思を固めていたから、プロポーズしろという言葉に迷うことはなかった。


でも、佳織はまだそこまで心の準備ができていないのだろう。


次に佳織に会う時にどんな顔をすればいいのかわからない。


好きなのに、会うのが怖い。


少し時間を置いた方がいいのかもしれないと、沈む太陽を見ながら目を瞑る。


スカートのポケットに入ったままのスマートフォンが、何度も通知を伝える振動を続けている。


電車に乗っている時にも気づいていたけど、それをずっと私は無視していた。


見なくてもそれは佳織からの通知だと分かっている。でも、心配しないで欲しいなんてまだ返せる自信はなかった。


日が沈んで、とぼとぼと来た道を再び私は駅に向かって歩く。何時間も電車に乗り続けたので、ここから帰るのにどれくらい時間が掛かるかわからないし、適当にビジネスホテルでも探そうかと思いながら駅に入り、もう少し先の駅に宿泊できそうな場所があると聞いて、駅のホームで電車を待っていた。


なんとなく、昔父や兄と喧嘩をして、家を飛び出した日のことを私は思い出していた。自分で県外になんか出たことがなかったのに、伯母夫婦の元に行くのに必死で電車を乗り継いだ。


今思えばもっと簡単に行ける手段があったのだけど、その時の私はまだ子供で、何も知らなかった。


あの時よりは倍近く年を取ったはずだけど、相変わらず自分は迷っているなぁと思うと、おかしくさえあった。昔からスムーズに事を運ぶのが苦手で、いつもぎりぎり補欠合格みたいなのが私だった。


佳織にとっても自分はもしかしたらそうだったのかもしれない。誰か傍にいて欲しいから選んだだけの存在で、本気になれる相手が見つかれば終わらせるだけの存在。


ずっと我慢していたはずの涙が溢れそうで、視線を上に向ける。


「真凪!」


突然名を呼ばれて、聞き慣れた声ではあったけど、どうしてここにいるのかが理解ができない。


「佳織……」


私に抱きついてきた存在は、確かに佳織だった。昼間に会った時からは服装は外行きのものに変わっているけど、眼鏡のままで、化粧もしていないのは、佳織が焦って出てきたことを示しているようだった。


でも、行き先なんて私は告げていないのに、どうしてここにいるのだろうか。


「バカ、海とか行くから本気で焦ったんだから」


「なんとなく海が見たかっただけだから。えと……ところで、何でここにいるの?」


「真凪を追ってきたに決まってるでしょう」


「どうやって場所分かったの?」


「…………スマホで位置情報見られるようにしてたから」


スマートフォンにそういう機能があることは知っているけど、私は自分のスマホにそういう設定をした記憶はなかった。


「真凪がお風呂に入ってる時にこっそり設定しました。わたしのもちゃんと見られるようになっているから」


佳織は人にはあまり執着しないタイプに見えていたので、その行動には少し驚きはある。でも、知りたいと思ってくれたことは少し嬉しかった。


「そう」


「怒ってる?」


「佳織でもそういうところあるんだなって思ってる。私ってそんなに信頼ない?」


「そんなことないけど……どこにいるのか知りたい時があるから」


「一緒に住みたくないって言ったくせに」


「そんなこと言ってない。ちょっと待ってって言っただけ」


「半年も待ては無効と一緒だから」


一月や二月ならまだしも、半年も待てはまだ佳織の心の整理ができていないことを示している。


「真凪、半年って言ったのは、そういう理由からじゃないの。わたし、転職しようかと思ってるんだ。だから、落ち着いてからの方がいいかなって……」


「転職? 佳織がそう決意したのならそれはそれでいいけど、関係なくない?」


「……だって、転職先ちゃんと探せるかわからないし。真凪に負担掛けたくないし」


「そういうのもひっくるめて分かち合いたいっていう意味で、私はプロポーズしたんだけど」


「えっ!?」


「軽く聞こえたかもしれないけど、都合のいいときにだけ触れ合うみたいな関係なんて、意味がないと思っているから」


「そうだったんだ……ごめんなさい」


「それでも佳織が半年待てっていうなら、半年間石にでもなって待つけど」


「それは駄目……わたしも真凪ともっと一緒に時間を過ごしたいから」


素直に言ってくれればこんなに回り道をせずに済んだのに、それをなかなか口にできないのが佳織だとは分かっている。


今日は上手く噛み合わなかったけど、それでも佳織がわたしを追いかけて来てくれたことは嬉しい。佳織にとって私は、そんな無理をしてでも離れたくない存在だということなのだ。


「さっきの、改めて言っていい?」


私からの確認に佳織もすぐに何のことかを察して肯きを返してくれる。


「佳織、私のパートナーになってください。これから先の人生は楽しいことばかりじゃないだろうけど、私はそれを佳織と共有して生きて行きたい」


「ありがとう、真凪。わたしも真凪と一緒にいたい」


照れながら肯きを返してくれた存在を引き寄せ、そのまま口づけを贈った。多少人目はあったけど、もうそんなことどうでもいいくらい佳織が愛おしかった。

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