第20話 誓い
「佳織、私は今の家を近々出ることになりそう」
今日はこれ以上は駄目と佳織に釘を刺されたものの、抱き締めるのだけはいいとOKを貰って、佳織を背後から抱きしめたままで、伯母夫婦が来た本来の用件を伝える。
「そうなんだ。ちょっと残念だね」
「でも、いつかは来ると思っていたから、仕方ないかなって思ってるよ。で、部屋探しをするから、一緒に住める所探さない? 私は前みたいに佳織と一緒に住みたい。もちろんルナも大丈夫な所にするから」
どさくさ紛れだけど、やっと私は一緒に住みたいと口にできた。
「どうしようかな」
口元に手をやって呟く佳織の声はいつもと変わりがなくて、イエスかノーかの判断が難しい。
「嫌? 私って鬱陶しい?」
「そうじゃないけど、一緒に住んで別れるになったら大変じゃない?」
「なんで別れる前提なの」
「わたしって面白味がないからかな」
「そんなことで別れたりしないから。私はもっと佳織といちゃいちゃしたいし、ルナとももっと一緒にいたいよ」
「じゃあ、プロポーズしてくれたら考えようかな」
小悪魔的な佳織の言葉に私は頷きを返した。
翌週末、私は一生縁がなさそうだと思っていたことをしようとしていた。
そんなに簡単にしてしまってもいいのかとは言われそうだけど、どう考えてもそれ以外に自分には選択肢がなかった。
駅前で花束を買って、すっかり慣れた佳織の部屋への道を辿る。
お洒落な店だったり、場所だったりの方が定番なのかもしれないものの、逆にそうすると佳織に身構えられそうだからと花を買うだけにした。
佳織の部屋の前でインターフォンを鳴らすと、佳織が顔を出す。
「雨、大丈夫だった?」
「まだ降ってはきてないみたい」
佳織は体を伸ばして扉を開けてくれて、その扉を私は自分が入れるだけの広さまで開いて中に入る。
「折角の週末なのに雨は嫌だな」
「佳織は出不精なのに関係ないんじゃないの?」
玄関の扉を閉めてから私は改めて佳織と向かい合う。
「天気が良かったら少しは出るかもしれないじゃない」
「そうだね」
「それ、どうしたの?」
佳織が私の持つ花束にようやく気づいて問いをかけてくる。
「佳織にプレゼント」
「わたし、まだ誕生日じゃないよ?」
「知ってる。これは今まで生きて、私に出会ってくれた佳織に対してのプレゼントかな」
「変な真凪」
そう言いながらも佳織はそれを受け取ってくれる。
「佳織、私は頼りがいがある存在じゃないけど、これから先精一杯佳織と一緒に生きるために頑張るので、私と生涯を共にしてください」
花束を抱えたまま、佳織がフリーズしたことは分かった。
「この前一緒に住むならプロポーズしろって言ったでしょう?」
「言ったけど、本気で?」
「私は本気で言ってる。佳織ともルナとも家族になりたいから」
「…………返事はちょっと待ってもらってもいい?」
「待つってどのくらい?」
「えと……半年くらいかな」
泳いでいた佳織の瞳が伏せられて、言いにくそうに返事が返ってくる。それは可能性としてなくはなかった答えだったけど、その言葉を受け止める心構えなんかできていなかった。
「そっか……佳織はまだそういう気持ちじゃないってことなんだ。ごめん」
「違う、そうじゃなくて……」
つきあい始めてまだ半年しか経っていない。一緒に住んでいた時期もあって、それなりに互いのことはわかり合えているとは言っても、佳織には早すぎたのかもしれない。
プロポーズをしてくれたら一緒に住んでもいいという佳織の言葉は、私がそんな決意をまだできないと踏んでのやんわりとした断りで、それを読み切れずに本気でプロポーズした私はただの滑稽な道化師みたいだった。
「ごめん、やっぱり今日は帰る」
玄関に立ったままで佳織告げて、そのまま私は踵を返して部屋を飛び出していた。
呼び止める佳織の声がしたけど、それを聞こうとはしないで駅までの道を走り切る。
家に帰るとずっと泣きそうで、目についた在来線に乗った。誰でもいいから一人にならない場所にいたかった。
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