第19話 来訪者
佳織にハードルは上げられたものの、何だかんだと互いのコンディションさえ悪くなければ、週末は佳織の部屋で過ごすことが増えて、自然と体を重ねることも増えた。
外出するよりも家で過ごしたい派の佳織は、毎週のように出歩くのはやっぱり負担だったらしくて、今はその頻度を減らしてお家デートを楽しむことが多い。
やっぱり私の部屋に戻って来ないかと佳織に言おうかと悩みながらも会う度に口に出せずにいた中で、伯母夫婦が連休を使って戻ってくるという連絡を私は受けていた。
何を言われるのだろうかと、その日が近づくに連れて私は憂鬱でしかなかった。
伯母夫婦は私にとっては最早親代わりと言っても過言ではない存在だった。
私は高校生の頃に母親を病気で亡くして、家に残ったのは古い考えに固執するタイプの父と兄だけだった。父は女が大学に行って何になるんだと大学進学を認めてくれず、家出同然で泣きついた先が伯母夫婦だった。
伯母夫婦には子供がなかったこともあり、私のことを実の娘のように可愛がってくれて、大学進学の援助もしてくれた。奨学金もあったものの、恐らく伯母夫婦がいてくれなければ大学進学もできなかったし、今の私ではなかっただろう。
一緒に住んだことはほとんどなかったけれど、伯父と伯母は本当の親以上に私にとっては親で、無視できない存在だった。
簡単な話であれば電話で済むので、わざわざ出向くということは、それだけ大事な話ということだろう。同時にそれは、私にとっては必ずしもいい話には思えなかった。
普通に考えれば、今借りている家の話だろう。もう一つ可能性があるとすれば、30代にもなった私の身を案じての話かもしれなかった。
佳織には今週末は行けなさそうと連絡をした上で、私は新幹線の到着駅で伯母夫婦を出迎える。
伯父伯母と合流後に、主に伯母の買い物につきあって、伯母のお気に入りの店で夕食を取った後、タクシーで家に帰り着く。
伯父と伯母がこの家を離れたのは10年以上前のことで、昔はよく戻ってきていたけど年々帰る回数が減ってきたのは、二人が年を取ったせいなのかもしれなかった。
二人とも白髪が目立つようになり、顔の皺も増えた。
「そろそろ真凪が誰かと一緒に住んでいるんじゃないかって、
やっぱりそういう話になるか、と私は引き気味に伯母の話の相手をする。流石に二人には私が男性が一切駄目なことは伝えてはいないし、できれば一生伝えないのがいいだろうと思っていた。
「少し一緒に住んでいた人はいるけど、振られちゃったから」
「残念。早く真凪の子供を抱いてみたいって思ってるのよ、ワタシ達」
それは一生無理だと思います、とは流石に言えない。
「誰かいい人いないの?」
「つきあい始めたばかりの恋人はいますけど、まだそこまでの関係じゃないので」
打ち明ける気がないのに恋人の話をしたのは、下手に相手がいないと言って、見合いなどと言われれば厄介なことになるからだった。
「真凪、あなたはもう31なのよ。子供を産むなら1日でも早い方がいいんだから、脈がないなら別れるくらいでいいんじゃないの」
「伯母さん。伯母さんがそう言ってくれるのは私のためを思ってくれてだって知ってます。でも、私は伯母さんにとっての伯父さんみたいな人を見つけたいなとも思ってるんです。子供も大事だけど、一緒に歩くパートナーは妥協したくないです」
伯母は恋愛結婚で、駆け落ちの同然で伯父と結婚して、今なお仲が良くて、私にとっては理想の夫婦だった。
「真凪……そうね。それも大事ね」
そこで伯父がフォローを入れてくれたので、その話題はそこまでになった。私はとりあえず首の皮一枚で免れたようで溜息を吐く。
その後、改めて伯父から話があったのが、この部屋を処分して、自分たちは今住んでいる街に永住することを決めたということだった。その選択に私が反論を出すことはなく、近い内に家を探して出て行くことを約束する。
「すまないな、真凪。追い出すような真似をして」
「そんなことないですよ、伯父さん。私は伯父さんにも伯母さんにも十分甘やかせてもらいましたから、これから自分で生きて行くのは当然です」
翌日、伯父と伯母を駅まで見送って、私はそのまま佳織に連絡を入れて、佳織の部屋に向かっていた。
佳織は週末は出かけていなかったらしくて、出迎えた佳織をそのまま抱き締める。
「どうしたの?」
「佳織を抱き締めたくなったから」
もう、と言いながらも佳織は部屋に入れてくれて、そのままベッドに座って佳織に触れている内に、結局そのまま佳織を押し倒して求めてしまった。
「大丈夫?」
何かあったのだと察してくれて、何も言わないで受け入れてくれた佳織の傍は居心地がいい。
「ちょっと罪悪感かな」
佳織に甘えるように体を引き寄せて、佳織の額に自らのそれをくっつける。
「何の?」
「恋人がいるって伯母夫婦に言ったことの。私が結婚することを望んでくれているのに、私はその期待に応えられないから」
「来るなりわたしを抱いておいて、結婚する気なんか全然ないよね、真凪は」
「男性とは100%無理かな。でも、女性しか駄目だって言ったりなんかしたら伯父と伯母の心臓止めちゃうし、私は一生嘘を突き通すんだろうなってぐちゃぐちゃしてたから、佳織に収めてもらいたかったの」
「気が済んだ?」
「気は済んだけど、ごめんね。無理矢理つき合わせて」
「真凪が自分で考え込まずに、わたしを頼ってくれたのは嬉しいよ」
もう一回しよう、と可愛くて優しい恋人に私は甘えて、もやもやを麻痺させる。
伯母夫婦の期待を裏切っていたとしても、私はこういう風にしか生きられないのだと、自覚はしている。
世間には胸を張って公表できない関係だとしても、佳織との未来しかもう考えたくないのは事実だった。
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