第16話 距離感
恋人ができた。
そのことに気がつけばにやにやしてしまう自分がいて、篠野からの連絡が入る度に嬉しくなる。
週末に会う約束もしていて、こういうのはかなり久々で、どこに行こうか迷って結局篠野に相談をする。
「わたし、出不精なんですよね」
「なんとなく知ってる」
一緒に住んで居た頃、篠野は月に一度か二度飲みに行くくらいで、それ以外はほとんど家で過ごしていたことを知っているので、予想していた答だった。
だからこそ、下手に一人で場所を決めて失敗するよりは、相談しようと思ったのだ。
「でも家だとまた飲みになっちゃいそうですし、水上さんが行きたい所でいいですよ」
「せめて嫌な場所があるなら教えておいて」
「スポーツと映画は嫌です。あとアルコールは禁止で」
余程私は信頼がないらしい。既に酔っ払って最低2回は篠野のお世話になっているので、事実なんだけど、酔っ払って襲われるかもしれないと警戒されているのだろうか。
可能性はゼロではなかったので、篠野の希望を汲んだ形で私は初デートのプランを組んだ。
土曜日に待ち合わせ場所のターミナル駅に姿を現した篠野は、コンタクトでデートらしい格好をしてくれていてちょっと胸を撫で下ろす。
天気は生憎の曇り空だったけど、今日の篠野は初夏らしい透け感のある白いトップスに、8分丈のワイドパンツはちょっと落ち着いた色合い。おとなしめだけど、会社での篠野はもっと地味な格好なので、ちゃんとデートだと意識してくれているということだった。
というか、可愛い。このまま抱きしめて持って帰りたい。
「篠野さん、これから名前で呼ぶようにしてもいい? 何か仕事を切り離したくて……」
「いいですよ。わたしもじゃあ名前で呼んだ方がいいですか?」
「強制じゃないけど、そうしてくれると嬉しいかな。あと、敬語も使わなくていいよ」
「じゃあ、
「真凪だけでいいよ」
そっけなく返したものの、ただ名前を呼ぶだけでも篠野には大きなハードルだと知っていた。それを私はクリアした存在になれたことは感慨深い。
本当に私の彼女になってくれたということなのだ。
「ちょっとそれはいきなりでハードル高いです。わたしのことは呼び捨てでいいですけど」
「じゃあ、
顔を赤くする佳織は可愛くて、それだけで抱き締めたくなったものの、流石に公衆の面前なので思いとどまる。
その日は港近くの観光スポットを見て回って、日が沈む前には佳織の家の最寄り駅まで戻ってきていた。夕暮れ時を待ちたい思いもあったけど、ルナが待っているから早く帰りたいだろうと、引き延ばすことはしなかった。
「じゃあ、ルナによろしくね」
「会って帰りますか?」
まだまだ敬語の抜けない佳織にそう提案されて、結局私は一緒にくっついて佳織の家に帰った。
「もう、佳織もルナも戻ってきたらいいんじゃないかな」
ルナを膝の上に載せて撫でながら、夕食を作ってくれると言う佳織に冗談交じりに言ってみる。
正直に言って佳織もルナも毎日会いたくて仕方がなかった。
「襲われるから嫌です」
「…………そんなに無理矢理はしないよ。佳織がもしそういうこと好きじゃないなら、言っておいてくれたらいいよ。ちゃんとつき合いたいし、無理強いもしたくないから」
「嫌悪するほど嫌というわけじゃないですけど、単に真凪さんってそういうこと毎日でもしたがりそうだなって思っているので」
「…………佳織にとっての私のイメージって、そんななんだ」
自分が悪いのかもしれないけど、少し衝撃はある。
「かなり年下と同棲していたから、なんとなく」
「一応言っておくと、毎日ではなかったからね」
「なら良かったです」
佳織はどうだったんだろうかと聞きたいけど、聞いたら怒られそうで口に出しかけて私はやめておいた。
まだ恋人としての距離感に私たちは慣れていなくて、今までの関係と行ったり来たりをしている状態だった。
それでも佳織は私を恋人として意識はしてくれているし、私も佳織にできる限り誠実であろうとはしている。
佳織の用意してくれた夕食を食べて、せめてもと私が片付けをしてから自分のバッグを肩に掛ける。
「それじゃあ、帰るね」
「泊まっていかないんですか?」
佳織の部屋に結果的に泊まったことはあるものの、流石に1Kの部屋で恋人といて、何もしない自信はなかった。
「いくら自制するって言っても、一緒の部屋に泊まって自制できる自信はないからね」
「……そうですね」
「今日はキスだけけさせて」
別れ際、触れるだけのキスを佳織として、私は佳織の部屋を後にした。
佳織は可愛くて仕方がないけど、引っ込み思案な所と積極的な所のバランスがちょっと普通と違っていて、惑わされてしまう。
私とのことは前向きではいてくれているけど、いきなり体の関係になるは、佳織には絶対に無理だろうと感じていた。
佳織とつき合えたことですら奇跡に近いのだから、こんな所で私は失敗するわけにはいかない。
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