第14話 薔薇の棘(篠野視点)
ナナが酔っ払った水上さんを連れてきたあの日以来、ずっと水上さんの言葉がわたしの中に残っていた。
水上さんはわたしのあだ名を気に入ってるから猫を飼ったらつけたいと言った。わたしが猫のようだからと言っているのかとも考えたけど、その前の代替行為の話が引っかかっていた。
水上さんはどういう意図であんなことを言ったのだろうか、と。
自分では答えが出せそうになくて、ナナに相談をしようとわたしは久々にバーを訪れた。ナナの連絡先も勿論知っているものの、改めて相談があると呼び出すことも躊躇われて、バーに行くしかできないのはわたしの臆病さだろう。
その日バーにはナナの姿がなくて、しばらく待ってみようかとカウンターで時間を潰していたわたしは、思いも寄らない存在に声を掛けられる。
「あなた、前に真凪のところで会った子だよね?」
その名前が水上さんの下の名前であると認識するのに、少し時間は掛かったものの、肯きを返す。
わたしに声を掛けて来たのは水上さんの元の同棲相手で、唯依という名前であるということだけは知っていた。
わたしから見ても本当に可愛くて、きらきらしていて、若いっていいなと感じる存在は、他の何人かと騒いでいたけど、わたしに気づいてわざわざ近づいてきた。
「一時期棲まわせてもらっていただけです」
自分より年下のはずなのに、強い存在感を醸し出す相手につい敬語になってしまう。
「嘘、あんたがたらし込んだせいで、真凪は縒りを戻してくれなかったんだから」
あの日、わたしが唯依の邪魔をしてしまったのは事実だとしても、わたしと水上さんはただの同居人でしかなかった。唯依に責められる筋合いもない。
「水上さんとはキスをしたことすらないです」
酔っ払って首筋に唇をつけられたことはあったけど、さすがにあれはノーカウントでいいはず。
「白々しいこと言わないで」
見た目通りと言うべきか、何を言っても聞き入れてくれるタイプではないことは分かって、無理に反論することをわたしは諦める。
「真凪はワタシよりあんたの方がいいって」
肩を掴まれて、ぎゅっと手に力を込められたものの、それを黙ってわたしは受けた。
出会った頃の水上さんは、間違いなく目の前の存在を深く愛していて、わたしはただの仕事上のつきあいがある相手でしかなかった。
しばらく部屋を借りて、その関係は友人に近くなったものの、恋人のような関係かと聞かれれば否だった。
そんな状態で、水上さんがそんなことを言わないだろうとしても、最近の水上さんの発言には迷わされているものがある。
もしかして、と期待がありながらも確かめられずに今は中途半端なままだった。
それを相談したくてナナに会いに来たのに、地雷を踏んだ気分だった。
「水上さんが、あなたのことを本当に好きだったってことはわたしも知っています。あなたに振られたと落ち込んで、仕事も手につかなかったくらいなのも知っています。先に水上さんを裏切ったのはあなたのほうなのに、都合が良すぎませんか? 手放したものが誰かに奪われても、文句を言う筋合いなんかないでしょう?」
その言葉にわたしの肩を掴む唯依の手が弛む。わたしが別れた経緯を知っているとは思っていなかったのかもしれない。
別にわたしは奪ってはいないけど、水上さんがこの存在と縒りを戻さなかったのは正解だったと思っているし、自分は悪くない的な発言をする存在に腹は立った。
「うるさい! ワタシの方が可愛いんだから愛される資格があるの!」
捨て台詞を吐いて去った存在を見送りながら、わたしは肩を竦める。
あんな自己中心的な相手に夢中になるくらいなら、わたしの方がましだと水上さんに言ってしまいたい気分にすらなっていた。
やっぱり水上さんは人を見る目がない。
ただでさえお人好しなんだから、もうちょっとつき合う人は選んで欲しい。
でも、唯依の容姿に惹かれたのなら、しょうがないのかもしれないなと思って、深い息を吐いた。
多分、あの言葉に深い意図なんかなかったのだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます