第12話 お人好し(篠野視点)
「ルナ、水上さんのことどう思う?」
定位置の籠の中で眠る存在の背を撫でながら、答えるはずのない存在に問いかける。
元々そんなに大きな体ではないのに、最近は更に一回り小さくなった。黒い毛の艶も年々なくなっていて、ルナが年老いたのを感じる。
首だけを逸らせるルナの頭頂部を指先で撫でてやると、甘えるように首を動かす様が可愛くて、何度も同じ動きを繰り返す。
引き取ったばかりの頃は、飛びかかって来られて体にひっかき傷をいくつもつけられたけど、懐いてからのルナは大人しい猫になった。
家族でもわたしにしか懐かなくて、一人暮らしを始める時も迷わずルナを連れて行くことを決めた。
「あの人、誰にでも優しくしちゃう人だから、わたしだけが特別ってわけじゃないと思うんだ」
自分のことにもう少し気を配った方がいいんじゃないかと思うくらい水上さんは人が良くて、周りにばかり気を配っている人であることはすぐに気がついた。
引っ越し先が見つからなかった時は、本当にどうするか悩んで、それでもルナと離れることはできなくて水上さんのお世話になることにしたけど、一つも嫌な顔をしなかった。
水上さんがわたしと同じビアンだということは、それより前から知っていたけど、水上さんからの申し出は下心がない純粋な優しさだと信じられた。
引っ越して、水上さんに更に近い距離間になって、水上さんと二人でいる時の空気感が好きかもしれないと気づいた。でも、安心できる場所だと思い始めた矢先に、水上さんの前の恋人と遭遇して、自分とのあまりの差に落ち込んだりもした。
かなり年の離れた恋人がいたことは知っていたけど、その恋人は若いだけではなく、誰もが可愛いと言ってしまう程の美人だった。引きこもりで根暗で、甘えることもできないわたしとは真逆の存在で、水上さんの明るさには相応しいようにも思えた。
水上さんに淡い恋心のようなものを持ち始めていたわたしは、とてもではないけれど太刀打ちできる存在じゃないと、それ以上水上さんを好きにならないようにしようと誓った。
わたしが告白するなんて絶対に無理だし、わたしは水上さんが求めるような明るいキャラでもない。
その後一緒にバーに行って、酔っ払って帰って来た時にベッドに連れ込まれたけれど、あの時の水上さんは寝ぼけながらわたしを前の恋人と勘違いしていたようだった。
恋人といると、そんなに甘い声を出すのだと、水上さんの違う側面をわたしは垣間見てしまった。水上さんは恋人をどう抱くのだろうかと妄想してしまって、そんな自分が嫌になって引越をしようと決意した。
「もう、会うこともなくなるけどね」
いつでも連絡をくれればいいと水上さんは言ってくれたけど、もう自分からは連絡は入れられないような気がしていた。そんなことをすれば、自分は水上さんに本気で甘えてしまう。
人の良い水上さんは多分甘やかしてはくれるけど、水上さんのお荷物みたいになるのは嫌だった。
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