第6話 飲み友達(篠野視点)

その日、引越して以来久々にわたしは夜の街に出ていた。


水上さんとの同居生活はそこまで苦痛ではなかったけど、やはり息を抜きたいところもあって行きつけのバーに向かう。


酒はあまり強くないわたしが、そのバーに行くのは目的があってのことで、数年前から通っていた。


「ササ、久しぶりじゃない」


カウンターに座っていると声を掛けてきたのは、このバーで知り合った飲み友達のナナだった。


ナナは誰に対しても友好的なタイプで、このバーでの知り合いも多い。でも、わたしが行くと毎回必ず声を掛けてくれた。


わたしとナナは年齢は似たり寄ったりで、お互い本名も知らないけど、顔を合わせれば一緒に呑む、そんな仲だった。


「ちょっと引越とかでばたばたしてたんだ」


「引っ越したの?」


「住んでたマンションで小火が出て、建て替えることになったからって立ち退き」


「それは災難。引っ越したなら、ササの新居で飲み会しようよ」


店が閉まった後は飲み足らないと暴れるナナにつきあって、どちらかの家で飲み会をするのはよくあることだった。


流石に今は人の家に厄介になっている状態なので、ナナを連れて行くわけには行かない。


「それは駄目」


「なんで? まさか同棲始めたとか?」


「相手がいません」


「ササ可愛いのに、人見知りするから損してるよね」


「ナナがフレンドリーすぎるの」


そうかな、とナナに抱きつかれて声を上げるものの、単なるスキンシップだと分かっているので、大きく拒絶はしない。


「でもササの匂いなんか変わった気がするんだけど」


ナナは匂いフェチだったことを思い出して、侮れなさを感じる。


「ルナのことがあって、ちょっとすぐに新しい部屋が探せなかったから、今は知り合い家に居候中なんだ。だからかな」


「知り合いって女?」


男ではなく女と聞くところはナナらしい質問だった。


「女性ですけど、ナナが期待することは何もないです。むしろ向こうは恋人に浮気されて、落ち込んでて人恋しいモードで、誰でもいいから家にいて欲しい感じかな」


「それって押し倒す絶好のチャンスなんじゃないの? 相手はいくつ?」


「ちゃんと聞いてないから知らないけど、30前後じゃないかな。でも、その気は全然ないからね」


「ササの好みじゃないってことなんだ」


「仕事で結構お世話になってる人だから、そういう対象としては見てないよ」


わたしは男性との恋愛には興味を惹かれなくて、前の恋人も女性だった。そういう意味では同じ水上さんも可能性を秘めた存在ではあるものの、恋人に夢中だった頃の姿を知っているせいか、今までそういう目では見ていなかった。


一緒に生活していても、わたしのことは気を遣ってくれるし、人としての水上さんは好きだったけど、私だって女性であれば誰でもいいわけじゃない。


「折角のチャンスなのに。ササだってそろそろ新しい恋人欲しいんじゃない?」


「……欲しいけど、そういうナナはどうなの?」


「ちょろっとつきあった人はいたけど、束縛強くてやめた」


「それは辛いね」


「どこかにいないかなぁ。30代後半か40代前半くらいで」


ナナは年上好みだったことを思い出し、興味本位で質問を投げる。


「ナナって結構年の離れた人がいいじゃない? 合わせるのしんどかったりしないの?」


「ササも年上の良さに目覚めた?」


「目覚めてません」


「年が離れていると無条件に甘やかしてくれるし、向こうも精神的に大人だからやりやすい部分はあるよ。まあ人によりけりだけど」


「そうなんだ」


水上さんの恋人が8歳下と聞いていたので聞いて見たものの、少なくとも水上さんはナナの言うような年上の魅力に溢れた存在ではなさそうで、ナナが求めるような関係性ではなかったのだろうと推測する。


「ササはいつも近い年の人だよね」


「まあ何となく」


「一回チャレンジしてみてもいいんじゃない?」


「機会があればね」


結局その日はナナと呑んで、終電もなくなったのでナナの家に泊めてもらって、翌日の昼にわたしは家に帰った。

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