第5話 同居人
篠野の新居探しは、めぼしい物件が見つからなかったらしく、しばらく居させて貰えないかと再度相談があった。
年度替わりのタイミングで猫が飼える物件そのものがほとんど出て来なかったらしくて、いったん今の家を出ることを篠野は最優先したらしい。
引っ越してくるなり、できるだけ早く引っ越し先を探すと篠野は言ったものの、そこまで焦らなくても大丈夫だからとは伝えておく。
引越の日、運送業者が運んできた篠野の荷物は、篠野よりも猫のものの方が多いのではないかというくらいに少なくて、篠野らしいなと感じた。
そして、私の生活の中に篠野と猫が加わることになる。
基本的にはルームシェアに近いもので、食事はそれぞれ各自で準備をするし、共用部分のルールと役割分担を軽く決めただけで、同じ場所で生活してちょっと譲歩し合う生活が始まっていた。
「水上さんの都合が悪ければいつでも言ってくださいね。恋人と住むとかもあると思うので」
「しばらくはないから大丈夫よ。振られた傷が癒えてないしね」
「まだ好きなんですか?」
「心は残ってるかな。可愛かったし」
思い出しても唯依はやっぱり可愛かった。
「……水上さんって危ない人ですか?」
「何でそうなるの」
「普通に10代に手を出しそうな気がしたので」
「流石にそれはないから。年上はなんとなく無理な気はしてるけど、そこまで年の離れた子とばかりつき合ってきたんじゃないから誤解しないで。今回がたまたまだっただけだからね」
「プライベートには立ち入らないようにするので、大丈夫です」
大丈夫じゃないじゃないと思いながらも、飄々とした篠野のスタンスは同居をする上で心地よかった。
唯依と別れて人淋しさはあるものの、新しい恋には前向きになれなくて、誰かの存在感を感じてはいたい。人間臭さが薄い篠野はちょうどよい存在だった。
週末に持ち帰りの仕事をリビングでしていると、昼前に篠野が部屋から出てくる。
篠野は家でも会社でもあまり差は感じなくて、もちろん部屋着であるとか、そういう小さな差はあったけど、会社で見ていた篠野が素なんだろうとは一緒に住み始めて感じるようになった。
要は裏と表がない存在で、変にストレスを感じることもなかった。
「水上さん、お昼ご飯作ったら食べます? あり合わせのものになっちゃいますけど」
「一緒に作ってくれるなら嬉しいな。冷蔵庫の私の食材使ってくれてもいいよ」
そこまでまめという程ではないものの篠野は基本的には自炊派で、夜も大抵簡単なものを自分で調理していることは知っていた。こうして時々一緒に作ってくれることがあって、料理が苦手な私はちょっと嬉しかったりする。
唯依が一緒に住んでいた頃は、唯依がよく作ってくれていたなと、何気なくカウンターキッチンの向こうで篠野が料理をする様を眺める。
人がいて動いている様を見るだけで、不思議と安心があった。
「ルナも起きたの?」
篠野の後を追うように出てきたのは黒猫で名前はルナ。篠野が子供の頃から飼っているらしく、かなり高齢で1日の大半を寝て過ごしている。それでもこうしてリビングに出てくることはあって、私にも最近触らせてくれるようになっていた。
その後、篠野が作ってくれた料理を向かい合って食べながら、同居生活についてちょっとだけヒアリングをする。
「わたしはそこまで住みづらさは感じてません。むしろ前よりも広い家なので、また1Rの部屋に戻ったら窮屈に感じそうかなって思っています」
「それは分かる。私も伯母夫婦に留守を預かってくれないかって言われてここにいるけど、この家を出て行くことになったら1Rに慣れられるか不安なんだよね」
この家は何だかんだ10年は住んで居て、完全にもう自分の家も同然だった。
「いつまで借りられるかは分かってないんですか?」
「まだ未定だけど、伯母が言うには伯父が向こうで偉くなったから、なかなか帰れないって嘆いてたから、もうしばらくは借りられそうかな」
「このまま借り続けるもありそうですね」
「どうだろう。広いのは嬉しいんだけど、一人だと淋しいのもあるから、篠野さんが住んでくれるようになって良かったなって思ってるよ」
「わたしはほとんど引きこもってるのにですか?」
「そうだけど、人が動く気配を感じるとか、少し挨拶するとかそれだけでほっとするんだよね」
「水上さんって一人でいても全然平気そうに見えるのに意外とさみしがり屋なんですね」
「私だって一応女性だからね」
私は一人で生きて行けそうとはよく言われるけど、自分がそこまで強くないことは自分が一番良く知っていた。
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