第4話 飲み会
唯依が少ない自分の荷物を持って出ていってからは、私の生活に残ったのは仕事だけだった。恋人も家族もいない社会人なんてそんなものとは言っても、生活に潤いが足りなくて休みの日はだらだら過ごすだけになってしまう。
今まで私には唯依以外の恋人がいたことももちろんあった。私は自分がレズビアンであることを認識してから、積極的に恋人を求めるようになった方で、一瞬で終わった恋も含めれば五人とつき合ったことがある。
それでも一番夢中になったのは唯依で、1年以上同棲もしていた。だからこそ失恋の痛みはそれなりに大きく、新たに恋人を探そうという思いが起きるまでには、しばらく時間が必要な気がしていた。
今私が住んでいる部屋は伯母夫婦の所有物で、長期の転勤で使わないからと借りている部屋だった。一人暮らしには広すぎる2LDKには唯依が来るまでは何も感じなかったのに、唯依がいなくなった後は広すぎる気がして仕方がなかった。
リビングのソファーで一人で寝転がっていても、空しさが増すばかりで、もう私に触れてくる柔らかな存在はいない。
以前篠野に8つも下で恋愛なんかできるのかとは言われたものの、私は本気で唯依のことが好きだったし、その関係を続けるためならば何だって努力はしようと思っていた。
それでも唯依の心変わりは止められなかったのだから、自分に唯依を引き留めておくだけの魅力がなかっただけなのだろう。とは言っても、どうすれば良かったのかという答えは出ていなかった。
今でも目を閉じると唯依の温もりと唇を載せた時の感触は残っていて、思い出して熱を呼び覚ました体は、自分で慰めるしかない。
「未練がましいな、私」
仕事の方は作業場所が自社に戻ったタイミングで、晴れぬ心もあるし久々に飲み会でもしようと、プロジェクト内に声を掛け、作業場所が離れてしまった篠野も誘って、10人程度の小規模な宴会を催す。
「篠野さん、今日はありがとう」
プロジェクトメンバーの席を巡る中で、篠野がいるテーブルに辿り着き、私はまずは今日の参加の礼を伝える。
今のプロジェクトは私以外が男性なので、篠野も参加すると言うと、プロジェクトメンバーが喜んだことは篠野には言わないでおく。
私も未婚女性なんだけどな、一応。
まあ、下手をすれば男性よりも私は背が高いので、今までに男性に声を掛けられたことはほぼなかった。
「いえ、保守は一人だからこういう機会もないので、誘って頂いて嬉しいです」
お世辞としてもその言葉は嬉しかった。やっぱり男性の笑顔よりも女性の笑顔の方が私の心に入ってくる。
「篠野さんって呑める方なの?」
「弱くもなく、強くもなく、普通だと思います。水上さんは酔うと同じことを何回も言い始めるってさっき聞きました」
「全く……」
プロジェクト内の誰が言ったのやら、酒を呑むのは好きなもののそこまでは強くない私は、記憶を無くしたことは何度もある。
「説教を始めたりするんですか?」
「そんなつもりはないんだけど……そもそも覚えてないのよね」
「それがわかってて呑むんですね」
「まあ記憶なくなっても家には帰れてるしね」
帰巣本能はあるのか不思議とそれは守れていて、結局大きな失敗をしていないので、まあなんとかなるかなとそれほど気にしていなかったりする。
「水上さんって真面目なPLだなって思ってましたけど、そういう緩い部分もあるんですね」
「昔から割と後先考えないってよく言われたくらいだからね」
久々の飲み会ということもあって、1次会は盛り上がり、時間が過ぎてもそのまま延長で飲み続けて、解散したのは既に23時を過ぎてからだった。流石に2次会は全体に声は掛けず、終電もあるしと私は駅に向かって歩いていた。
篠野も同じ方向らしくて並んで駅に向かう。
「最近忙しいって言ってたのに、今日はわざわざ来てくれてありがとう」
「いえ、仕事は落ち着いてるんですけど、ちょっと家の方でばたばたしていただけなので」
「家って住んでる家? 篠野さん実家だっけ? 一人暮らし?」
「一人暮らしです。先日借りている部屋の別の部屋で小火があったんです。わたし自身はそんなに被害はなかったんですけど、古い建物だったので全部建て直しするって大家さんが決めたらしくて、2月以内に出て行ってくれって言われてちょっとばたばたしてます」
「それは急な話ね」
「はい。でも、わたしの場合ちょっと条件があって、なかなかいい物件が見つからなくて苦労しています」
「何か拘りがあるの?」
何か特殊な趣味でも持っているのかと私は篠野に聞く。
「猫を飼っているんです。小さい頃から飼っていた猫でもうお祖母ちゃんだからほとんど動かないんですけど、ペットが大丈夫な物件でも猫はNGって所結構多いんです。時間を掛けて探すであれば出てはくるんですけど、すぐにだとなかなか条件が合う場所がなくて、いろいろエリアを拡げたりして今探してます」
「そっかぁ。それは大変だね。ペット問題はマンションだとあるよね。そうだ。見つからないなら、しばらく家に来る? 猫も問題なかったはずだし、2LDKで一部屋空いてるから、しばらく一時避難先にしてくれてもいいよ」
人淋しさもあり、篠野であれば信頼はできるだろうと思っての提案だった。
「今は私の一人暮らしだから。私以外には住んでないからそっちも安心して」
「別れたんですか?」
その問いに私は肯きを返す。さすがに積極的に言いふらすわけでもないので篠野にもそのことは伝えてなかった。
「2ヶ月くらい前かな。別に好きな人ができたって振られました。そういうわけだから、篠野さんは遠慮しなくてもいいよ。基本干渉し合わずでいいし」
「ありがとうございます。どうしても見つからなかった場合は声を掛けさせてもらいます」
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