第2話 恋人

無事解決できてよかったと思いながら帰途につき、家に帰った私を待ちわびていたのは不機嫌な恋人の姿だった。


「遅い! 一緒にご飯食べようって言ったくせに、何でこんな時間になるの!」


「ごめんなさい。ちょっと帰りがけに相談されて遅くなっちゃった」


8歳下の恋人には全面的に私が謝るしかなくて、ひたすら謝りを口にする。


「そんなの放っておけばいいでしょう」


若さ所以か、生来の気質か、自己主張の激しいその存在は、それでも可愛くて怒る様すら魅力が溢れている。


唯依ゆい、ごめんなさい」


抱き締めて唇にキスをすると、逆に首筋に腕が回ってきてそのまま引き寄せられて、勢いのまま唇を重ねて口内を貪り合う。


唯依と知り合ったのはレズビアンばかりが集うバーで、唯依はその中でも一、二を争う可愛さだった。


二重の瞳をちょっと細める笑顔が魅力的で、ほとんど私の一目惚れだった。偶々話をする機会が巡ってきて、今はフリーだという唯依を口説き落として、体を繋ぐ関係になるまではそれ程時間は掛からなかった。


学生の頃から常に女性の恋人がずっといたと言う唯依は、甘え方も上手くて、そんな時だけ醸し出す色気が普段の可愛さに相乗して私の性的な感性を直撃する。年の差も、少し我が儘なところも気にならないくらい私は唯依に夢中で、一年くらい前からは同棲もしていた。


魅力溢れる存在である唯依がいつまで私の傍にいてくれるだろうかと不安にはなることはあるものの、同棲生活はそれなりに充実していると私は思っていた。


このままベッドに誘おうか迷っている内に唯依が私から離れる。


「ご飯作ったから」


「そうだね。ありがとう。じゃあ、まずご飯食べるね」


手待ち無沙汰だったのか、唯依が夕食を作ってくれたようで、素直に礼を言って私は唯依の手を引いてリビングに向かった。


その後は一緒にお風呂に入って、唯依の機嫌が直ったのを見計らって誘いを出す。


「どうしようかな」


「先週できなかったでしょう?」


ベッドの上に座った唯依に私が顔を寄せると目を閉じてくれたので、そのまま唇を重ねる。


風呂上がりでまだ体に熱が残っていたものの、クーラーをつけておいたお陰で熱いとは突き返されずにすんで、そのまま唯依をベッドに押し倒す。


「そんなにしたい?」


「可愛い唯依をいっぱい感じたいから」


「じゃあ、ワタシを満足させてね。真凪まな


「もちろん。任せておいて」

 

目の前の唯依はそれに期待を始めているのが分かって、そのまま唇を奪う。


私も唯依もセックスには前向きな方で、触れ始めると積極的に私は動いて唯依の欲望を引き出して行く。


「真凪の手気持ちいい。指長いの、好き」


私は平均女性より身長が高くて、それに準じて全体的な体のパーツも女性にしては大きい方だった。それが幸いしてなのか、唯依は私の手での愛撫が気に入っていて、私もわざと指を積極的に使っている。


「唯依も可愛いよ。全部が綺麗で、可愛くて、食べ尽くしたくなっちゃう」


「もっともっと真凪を感じさせて」


その求めに平日なのについ励んでしまい、翌朝はぎりぎりで家を飛び出すにはなったけど、プライベートは充実していると言えた。





唯依との同棲生活が順調なこともあり、仕事に対してもメリハリがついて充実はしていた。


篠野はあの日以来、時々保守の相談に来るようになっていて、私に対してもプロジェクトチームに対しても、かなり打ち解けてくれた。


私は女性の恋人がいるとは言っても、女性であれば誰でもよいわけではなくて、篠野は純粋に後輩的な立場として接していた。


タイミングが合えば他のメンバーと一緒にランチに誘うようにもなり、友人と先輩後輩の間くらいの関係性だった。

私は自分が面食いなことを自覚しているので、地味な篠野には食指が動かないだろうと失礼ながら思っている部分もあった。唯依と出会ってしまうと、好みさえも唯依に染められてしまったのもあるけど、恋人とそれ以外の区別はきっちりつけているつもりだった。


「水上さんの恋人ってこの業界の人ですか?」


その日は面倒なことにビルの非難訓練の日で、長い階段をひたすら下り続けて広場に下り、防災本部からの指示を待っている時だった。


一緒に階段を下った篠野が不意に聞いてくる。


「違うけど、そんな風に見える?」


篠野の身長は平均身長くらいで、こうして立って話をしていると、背の高い私は篠野を少し見下ろす形になる。


「いえ。単に聞いてみただけです」


「まあ仕事で知り合ってつきあう人もそこそこいるしね。篠野さんの恋人がそうだったりする?」


何となく恋人はいなさそうだと失礼なことを思っていたけど、一応聞いたことはないので決めつけはよくないと聞いてみる。


「今はいません。少し前に別れたので……でも、この業界の人ではなかったです」


お洒落をしているイコール恋人がいるではないし、人として篠野は真面目でいい子なので、篠野を気に入る相手がいてもおかしくない。というか、内面を見てつき合ったのであれば、見る目はあったのかも知れないけど、残念ながら別れてしまったらしい。

男女にしろ、女性同士にしろ、互いの相性はやっぱりあるので、なかなかその相手を見つけるのが難しいのは一緒だろう。


「じゃあ、この中で誰かにつき合って欲しいって言われた、とか?」


それに篠野は頬を染める。


篠野からそんな問いが出た理由を想像して質問してみると、どうやら図星だったらしい。


うちのプロジェクトメンバーの誰かだったりするのかも?


「興味があればつき合えばいいし、そうじゃなかったら断るでいいんじゃない? 先輩だからとか、つきあいのある会社の人だからとかは気にする必要ないと思うよ」


「はい。断ろうとは思っています」


「タイプじゃなかったんだ」


茶化すと篠野が慌てる様は、可愛いところはあるなとは思う。何となく篠野はツンデレっぽいところがあって、そういう部分に惹かれる存在もいるだろう。


「……まあ、そうなるのかもしれません」


「実は篠野さんって魔性の女だったりする?」


「そんなことないです。そもそもわたしはもてないですし」


「でも告白されたんじゃないの?」


「たまたまです」


楽しく篠野をつついていると、解散の声が上がって私たちは再びビルに向かった。

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