第24話 悲願

 天の川をなぞるように流星が煌めいた。風は周辺の草原を波打たせ、その葉と葉の擦れる音だけが響いていた。

 テセウスは夢でも見ているかの様に立ち尽くしていた。自由自在に火を操る者と人類を超越した剣術と精神力を持つ者、その戦いが今まさに決しようとしている。


「忌々しい…ここまで我を阻み、邪魔をするとは…貴様も奴等と同類か…!!」

 ジャハールが憎しみを込めた視線をヴァロへ向ける。

「奴等?何の話しだ?」

「王や貴族達のことだ…!」

 ジャハールの瞳はかつてないほど朱色に輝き始めた。それはヴァロだけではなく何かほかの"大いなるもの"にも向けられているようだった。

「我の父はペルシアとの戦に敗れた兵士だった。敗戦後、父は処刑され母はペルシア人の奴隷になった。我もまた同様だ」

 テセウスやソーマ、アリンダ、またベルクセス王はジャハールの語りに当惑しながらも聞き入っていた。

「母と我は馬車馬の様に朝から晩まで労働を強いられた。荷を背負い、家畜を追い、あやゆる苦役を強いられた挙句、眠る時はいつも鎖に繋がれていた。体調が優れないときは"働きが悪い"とペルシア人からケチをつけられ食べ物が与えられないこともしばしばあった。

 そんな時、我は市場でパンを買ってくるようにと命令された。露天商の前に行くと大勢の人々で賑わっていた。我は人混みをかき分けて、店の主人にパンを注文しようとした。すると、

 "ここにあったぶとう酒がない!"と店主が叫んだのだ。周囲にいた人々は騒めき、店主は盗人探しを始めた。我は呆然としていたが、ふと、ぶどう酒が入った壺を持って立ち去ろうとする若い男を目撃した。我はその男を追いかけて捕まえた。

そして叫んだ。"こいつが犯人だ!"と」

 ヴァロは頷くでもなく、かと言って聞き流す風でもなく、じっとジャハールを見つめていた。ジャハールは続ける。

「しかし、店の店主や町の警備隊が駆けつけた時、その男がこう言ったのだ。"ぶどう酒を盗んだのはこのガキだ!俺はぶどう酒をガキから取り上げて店に返そうとしたのだ!"と。

 店主や警備隊や人々は最初は我の無実を信じて、男を疑っていた。しかしその男が貴族の息子であることが分かった途端、状況が変わった。

 "貴族は正しい。奴隷は嘘つき。"野次馬は連呼し、店主や自警隊は我がぶどう酒泥棒だと決めつけたのだ。どんなに我が必死に無実を証明しても結論は変わらなかった。我は店主や自警隊から何度も殴られた。買い物のためにペルシア人から持たされていた銀貨も奪い取られた」


 夜風が涼しさよりも、寒気を感じる様になった。どうやら明け方が近いのだろう。


「我がペルシア人のもとに帰った時、我が盗みをしたという話をペルシア人は既に誰かから聞いていた。そして言った。"奴隷の分際で人様に迷惑をかけるな。お前の親に責任を取ってもらう"と。

 その夜、我の母はペルシア人からかつてない暴力を受けた。傷つきぐったりとした母は最後、木に縛りつけられて火あぶりにされた。我は鎖で拘束され、それを見ていることしか出来なかった。我は叫んだ。"盗みなどしていない!信じてくれ!"と。

 しかし、母が最後の力を振り絞って口にした言葉は"分からない…ごめんなさい…"だった。そして母は炎に飲まれて灰になった」


 ジャハールから溢れ出る言葉には憎しみたげではなく悲しみも含まれている。テセウスはそう感じた。ジャハールは再び話し始めた。

「我はその後、ペルシア人のもとから脱走した。そして決めたのだ。いつの日か力をつけて、必ずこの理不尽で不平等な世を燃やし尽くしてみせる」

 さらに語気が強くなる。

「その始まりの舞台は忘れもせぬペルシアだとな!」

 ジャハールの周囲に風が起こり始めた。火の粉が生まれジャハールを包む様に渦巻いている。

 ヴァロはそれを見てブロードソードを構えた。

「お前の悲しみは分かった。だか、それを理由に横暴や虐殺を許すことは出来ない」

「なぜだ!我の何がいけないと言うのだ!!」

を奪うことだからだ」

「何だと!?」

「現在いかなる状況に置かれようと、自分の未来をどのように描くのかは本人が決めるべきなのだ。他人にそれを犯す権利はない」

「…下らん。その描ける未来が貴族達に支配されているんだ。このままでは永遠に未来は変わらない!」

「それこそ、決めつけではないのか?お前がぶどう酒泥棒だと決めつけられた様に」

「黙れぇえええ!!」

 ジャハールを炎の柱が生み出され、ジャハールを包んだ。

「ご老人、どうやら我々は分かり合えないようだ。残念だが次の術で死んでもらう!!」

「わしはそう思っていないが、来るなら全力で迎え撃つ。全知全力でな!!」

 ヴァロの周囲にも風が生まれ始めた。それはやがて近づき難いほどの風圧となりヴァロを包んでいる。すると、ジャハールが叫んだ。

「貴様!最上級の神術で灰にしてくれる!!」


―『蓮獄獅子炎舞(ヴァルメネア・ライガ)』—


 ジャハールは包まれていた炎と一体化し、それはやがて全長70メートルにも及ぶ巨大な焔の獅子の姿となった。

 そして夜空に飛び上がり、ヴァロへ向かって襲い掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る