第23話 記憶

 テセウスは猛烈な爆風と火炎に気を失いかけた。しかしその最中ヴァロの声で意識を取り戻した。

「テセウス!大丈夫か!」

 テセウスは自分がどうやら助かったらしいことを悟った。いや、助かったのではない。ヴァロが横たわるテセウスの前で立膝を突きながらジャハールに向かって剣を構えている。

「…ヴァロ…僕を庇ってくれたの…!?」

「大丈夫なようだな!さあ反撃するぞ!」

 テセウスが安心して起き上がろうとしたとき、ヴァロの左腕に目が行った。紫色の火が左手の甲から肘にかけてドロドロと舐めるように燃えている。次第に燃えている範囲が広がり、肩に迫ろうとしていた。

「…ヴァロ!その腕は!?」

「はーはっはっは!いかにヘラクレスの末裔と言えども剣術で呪焔(プロキネシス)を完全にいなすことは出来なかったようだな!!」

 ジャハールがしめたと言わんばかりに笑い出した。ヴァロは冷静に答える。

「む、この炎…ただの火炎ではないな」

「その通り!それは呪いの火!燃え移ったものが完全に灰になるまで決して消えることのない、だ!!これで貴様も終わりだ!」

 ヴァロは燃えている左腕に土をかぶせたり、水筒の水をかけたりしてみたが、火は治まることなく徐々にその勢いを増していく。

「どうやらジャハールの言った事は本当のようだな」

「ヴァロ!どうしよう!僕のせいで…!」

 テセウスは涙目でヴァロに言った。彼は不滅の焔、それにむしばまれていることが何を意味するのか、理解し始めていた。

 テセウスは自分の腰布を取って、ヴァロの左腕の火を消そうとしようとした。すると、

「触るな!来るんじゃない!!火が燃え移るぞ!!!」

 ヴァロは大声でテセウスに言った。

「でも、でも…ヴァロ、このままじゃ…!」

 全身に火が周り死に至る。さらに言えば全身とは言わず、人体の組織構造上、熱傷が体の表面積の20%を超えると危険であり、30%以上に及ぶと死亡する危険性がかなり高い。

 これはサラミス島からアンティオキアまでの航海の途中、船上でヴァロから教わったことだった。

「さぁ!もっと騒げ!死に至るまでの僅かなひととき!感傷に浸るがよい!!」

 ジャハールは自身の勝利を確信したように見物を楽しんでいる。


「ジャハールよ、まだ終わっていないぞ」


 ヴァロの覚悟を決めたような深く、重い声が聞こえた。

 ヴァロはブロードソードを自分の左肩に突き立てた。そして、

― ザンッ!

 燃えている左腕が付け根から斬り落とされた。『ドサッ』という音と共に、それはテセウスの目の前まで転がり、紫の焔に包まれた。

 やがてそれは灰となり不滅の焔は消えた。

 テセウスにはその一連の光景がスローモーションの様に見えた。

「ヴァロぉおおおお!!!」

 片腕を失った師に向かって駆け寄る。テセウスの目からは涙が流れていた。

「わしは大丈夫だ。泣くな、テセウス」

「でもヴァロぉお、腕が…」

 ヴァロはブロードソードを鞘にしまい、右手でテセウスの頭を撫でた。そして優しく笑った。

「心配いらないよ。テセウス。下がって見ていなさい。そしてよく覚えておくんだよ」

 テセウスは黙り込んだ。その声の優しい響きは彼とヴァロが初めて出会った時、奴隷だった彼を旅へと誘った、あの声と同じだった。


 ヴァロがジャハールの方へ振り向くと、

「やれやれ…まだやるというのか?片端の老人を痛ぶるのは趣味ではないのだが」

 ジャハールは完全に見下した表情をしている。ヴァロは再び鞘からブロードソードを抜き、構えた。

「ジャハール、お前ごときは腕一本で十分だ」

 その鬼気迫る声にジャハールはやや気圧され、苛立った。

「ご老人、強がりは大したものだが左肩から出血しているぞ。我と戦う以前に、倒れてしまうのではないか?はっは!!」

 事実だった。ヴァロの肩の傷口からは大量に血が流れており、ヴァロの足元には血の水溜まりが出来ていた。

「ふん、ヘラクレスの末裔は伊達ではないぞ」

 すると、ヴァロの三白眼が一層強く輝き始めた。全身に力を入れて血流を操作している。ヴァロの体は血管が浮き出たり、筋肉が膨張したりしている。

「ぉォォおおおお!!」

 みるみるうちに左肩の出血は緩やかになり、完全に止血された。

「何だと…気合いで止血したのか!?」

 ジャハールが信じられないと言った目で見ている。


 そして、ヴァロは笑った。

「さぁ、決着をつけよう」

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