第21話 条項
"あっけない"。その表現が相応しいほどジャハールは易々と漆胡瓶を手に入れた。月明かりに照らすようにその水差しを掲げた。
「美しい…我はまた一歩近づいたのだ…理想郷の創造に」
国宝に心酔するジャハールの足元では、ベルクセス王が瀕死のウィシュターを抱き起こそうとしていた。そしてジャハールを見上げて言った。
「もう十分だろう!それを持ってペルシアから出て行け!!」
その言葉に反応したジャハールは視線をベルクセス王は移した。朱く冷たい瞳だった。
「我に指図するな。貴様等はここで死ね」
「な!なんだと!お前の目的は漆胡瓶だろう?それに約束ではないか!」
ベルクセス王が顔を青くして言った。
ジャハールは馬鹿にしたように吹き出して笑っている。
「はーはっは!神が下賎な人間と約束などする訳ないだろう!貴様は邪魔なんだよ!我の野望にとってな!」
そう言ってジャハールは掌をベルクセス王へ向けた。
―『烈風炎(フォルヴァイア)』—
火の波が生み出されようとしたとき、物凄い勢いでジャハールは体の側面から衝撃を受けた。そのせいで大勢が崩れ、掌から噴き出した火炎は目的から逸れて空中へ消えて行った。
「!?、なに!」
何とか踏ん張り体勢を立て直したジャハールは横を見た。
テセウスであった。テセウスがジャハールに体当たりをし、間一髪ベルクセス達を救ったのだ。
彼は怒り、剣を構えながら叫んだ。
「外道め!!許さないぞ!ジャハール!」
テセウスはジャハールに向かって斬りかかった。またそれにソーマも続く。
「お前は殺す!お父様の仇!!」
「屑どもが、打ちのめしてくれる!」
ジャハールは左手に漆胡瓶を持ちながら、応戦している。片手が塞がっていてもなお強い。テセウスとソーマの攻撃を上手くいなしながら、反撃の打撃を繰り出してくる。
テセウスとソーマは何度も蹴りや殴打を受けた。しかし怯まない。テセウスの瞳は翡翠色に、ソーマの瞳は山吹色に輝いている。
「ちぃ!ちょこまかと!いい加減くたばれ!」
―『烈風炎(フォルヴァイア)』—
またも火の波を繰り出した。だがテセウスは斬撃で、ソーマは軽快な身のこなしで火の波を掻い潜った。
「くらえ!」
ソーマがジャハールの喉に向かって刃を突く。それをジャハールの右手が弾く。
―『旗昇斬撃(ライザー・ハウ)』—
その隙に空いた脇腹に向かってテセウスが剣を振った。ジャハールは舌打ちをしながら後方へ間合いを取り斬撃を回避した。その時、
―『雷縦斬波(ケラヴノス・ブレイク)』—
背後から雷鳴の様な音を唸らせヴァロが剣を振り下ろした。
ジャハールは咄嗟に振り向いた。そして斬撃を躱すことが出来ないことを悟った。
―『烈風炎(フォルヴァイア)』—
斬撃の勢いを殺すために火の波を繰り出す。しかし先ほどよりも火力が下がり、噴出した火の量も少なかった。
「うぐぅぅううおお!!」
凄まじい地響きと共にヴァロはブロードソードを振りきった。周囲に立った土煙が風で流された後、そこには右手から血を流し、片膝をつくジャハールがいた。
「くそ!こんな下賎な者のために膝をつくとは!」
あからさまに苛立っている。その背後からアリンダがクロスボウから矢を放った。
「あんたなんか死んじゃえ!!」
ジャハールはヴァロの斬撃を受けた右手が使えず、咄嗟に左手で矢を弾いた。だが、
「はっ!しまった!」
ジャハールが気づいた時は遅かった。矢を弾いた時、左手に持っていた漆胡瓶が矢に当たって砕け、いくつかの破片となり地面に散ったのだ。
"ガシャン!"という音の後、静寂が訪れた。
テセウスとソーマは満身創痍、息も切れ切れである。ヴァロが言った。
「ジャハール、お前の求めた漆胡瓶は砕けた。また、深手を負ったお前はわしには勝てまい」
ジャハールは顔を下に向けている。波打つ長髪が彼の表情を隠している。
静かな声が聞こえた。
「…絶対に許さん」
生温い風が吹く。
「…貴様等、絶対に許さないぞ」
ジャハールがゆらりと立ち上がった。その瞳からは朱い涙が流れている。その様子にテセウス、ソーマ、アリンダはゾッとした。しかし、ヴァロは冷静に続ける。
「どうやらお前は、"血統"ではなく"契約"による神の末裔だな。火炎技の勢いが徐々に弱まっている。恐らく神術を使うための「条項」のせいだろう」
「条項…?」
テセウスがヴァロを見た。ヴァロが続ける。
「正真正銘、神の血を引く"血統"による末裔は神術を無条件で使えることがほとんどだ。一方で神との"契約"によって力を与えられた末裔には常に神術の発動条件がつきまとう。それが「条項」だ」
「ということはジャハールは何らかの発動条件、それが満たされなくなっているから、神の力が弱まっているのか?」
ソーマが言った。ヴァロは頷いた。
「恐らくそうだ。違うか?ジャハール」
ジャハールは急に歩き出した。そしてこの戦闘の前にジャハールに蹴られて気を失っているライデルに近づいた。そして口を開いた。
「その通りだ。ご老人。我が力には条項がある」
ジャハールはうつ伏せのライデルを仰向けにした。
「"炎には燃料がいる"プロメテウス神はそう言っていた」
ジャハールは右手で手刀を作り、振り上げた。
「ま、まさか…やめてよ…」
アリンダが顔を青して、震える。
ジャハールは手刀を振り下げた。それはライデルの胸の肉を突き破り、
心臓である。
その心臓から滴る血液をまるで杯を飲むかのようにジャハールは飲み下す。搾った心臓を喰らい、ライデルの死体に残る血液も啜った。
そしてゆっくりと立ち上がった。血で赤朱と染まったジャハールの顔は月明かりも相まって神秘的畏怖をテセウス達に感じさせた。
「"神術を使用するためには相応の人間の血液を摂取しなくてはならない"これが我が条項だ」
さっきまで吹いていた風が止まった。ジャハールの朱色の瞳は一層強く輝いている。
「今、条項は満たされた」
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