第20話 選民
「ヴァロが…神の末裔?」
テセウスは驚き
「ご老人、冗談はよせ」
ジャハールは冷徹さと苛立ちが混ざった口調で言った。
「冗談かどうか、試してみるか?」
このヴァロの言葉に端を発して、ジャハールがヴァロへ向かって殴りかかった。
「ほざけっ!年寄りめ!」
先程よりも速い右の正拳突き、しかしヴァロはそれを
「凄い…ジャハールの乱打を完全に防いでる」
テセウスはヴァロが普段と異なる空気を帯びていることを感じた。黒目が小さくなって三白眼となっている。その瞳には鬼気迫るものがある。
「ちっ!いい加減にしろ!」
ジャハールは攻撃が当たらず感情的になってきた。蹴りが大振りになったとき、
「隙あり」
ヴァロがブロードソードを自身の背から大きく空へと振り上げ、そこから瞬く間に眼前のジャハールへ向かって振り落とした。
―『雷縦斬波(ケラヴノス・ブレイク)』—
"ゴウッ"と空を斬る音が響き渡る。斬撃に周囲の空気が吸い寄せられるように気流が生まれた。
「これは…!?」
ジャハールは両腕でガードを固めようとしたが、咄嗟に後ずさるように後方へ飛び退いた。
その直後"ダァァアン!"と大きな音が鳴ったかと思うと、振り下ろされたブロードソードの下の石畳みの床は地割れが起きたかのように深い縦の溝が出来ていた。またその周囲3メートルほども大きな圧力がかかったのか数センチ陥没している。
「凄い威力…人間の技じゃないわ…」
「信じられない…」
アリンダとウィシュター等、その場に居たものは驚きを隠せなかった。
「外したか、流石素早いな」
ヴァロは剣を構え直した。その眼差しの先に間一髪斬撃を回避したジャハールがいる。ジャハールは無表情でヴァロを睨んでいる。
するとジャハールの頭のターバンが"パァーンッ"という音と同時に二つに裂け、そのまま解けるようにして地面に落ちた。ターバンが取れたジャハールはやや波打つ黒髪―その長さは肩につくくらいである―を掻き上げながら言った。
「どうやら先程のことは本当らしいな…武術の神と言ったところか?」
「左様。わしはヘラクレスの末裔だ」
高台に風が吹く。テセウスは両者を見つめている。
ジャハールの黒髪が靡く。
「そうか。最後に聞こう。貴様、我につかえないか?同じ神の末裔だ。見どころがある」
「……お前は何を求めて暴力を振るう?」
ジャハールの問いにヴァロも問いで返す。
「この世界を創り直すのだ」
「……」
「神に選ばれた者だけが正当だ。貴様も分かるだろう?不要なゴミは処分しなければいけない」
「それがこの前の放火の理由か?」
「そうだ。そして正当な指導者の証として漆胡瓶をこの手に納めるのだ」
アリンダやソーマ、ウィシュターは憎しみを込めた目でジャハールを睨んでいる。ベルクセス王は静かに怒りを噛み締めた面持ちで拳を強く握りしめている。
ヴァロが答えた。
「馬鹿者。お前の考えは妄想だ」
風が止まった。生温い空気が周囲に立ち込める。双方の怒りが渦巻いている。
「…そうか、残念だ…。では、容赦はしない」
ジャハールがヴァロを強く睨みつけた。朱色の瞳がさらに強く輝いた。
「貴様等!灰になれ!!」
―『烈風炎(フォルヴァイア)』―
ジャハールが手を水平に振ったと同時に、その軌道から火の波が生まれヴァロやテセウス達に襲い掛かった。
ヴァロは咄嗟に斬撃を放ち、迫る火の波を割いて躱した。そしてテセウスに言った。
「テセウス!旗昇斬撃(ライザー・ハウ)をやれ!」
言葉の通りテセウスは火の波に向かって旗昇斬撃(ライザー・ハウ)を繰り出した。斬撃が火の波に当たる。しかしヴァロより技の完成度が甘いからか、火の壁に"隙間"を作ることは出来たが、全身が通れる道は作れなかった。
「うぐぅぅう!」
火の波に飲まれる。頭と胴に当たることは回避することが出来た。しかし手足に火傷を負った。
「テセウス!大丈夫か!」
「大丈夫!これくらい何て事ないよ!」
テセウスはヴァロに無事を報告すると、ソーマとアリンダが心配になって振り向いた。
振り向いた先で人間2人分ほどの塊が燃えている。テセウスは急いで駆け寄る。
「ソーマ!アリンダ!大丈夫か!?」
すると燃えている布の中から、ソーマとアリンダが出てきた。ソーマが汗を拭きながら言う。
「危なかったぜ。アリンダが雨除けのマントを持ってたからな。盾にさせてもらった!」
「もう!結構大事にしてたマントなのに!最悪!」
黒焦げになったマントを見ながらアリンダが愚痴った。
「良かった…2人とも無事で」
テセウスはホッとしたが、2人の後ろの光景を見て顔が青ざめた。
「ウィシュターさん!!!」
ウィシュターが両手を広げて大の字を描いている。その体は火の波の直撃を受けたからか焼け焦げていて、立っているのが不思議なくらいだった。
「ウィシュター!ああ何てことを!」
その後ろにベルクセス王がいる。どうやらウィシュターが火の波からベルクセス王を守る盾となったようだった。
そこにジャハールが近寄る。ベルクセス王は叫ぶ。
「や、やめろ!ジャハール!」
ジャハールはウィシュターの腹に拳をねじ込んだ。ウィシュターは一瞬中に浮き、倒れた。辛うじて息はしているが意識はない。
ジャハールはとどめを刺そうと手刀を振り上げる。それを見てベルクセス王は叫ぶ。
「やめろ!ジャハール頼む!やめてくれ!」
ジャハールは手を止めた。そして笑って言った。
「いいだろう。漆胡瓶をくれたらな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます