第18話 対峙

 神殿の壁にかけられた松明の火。その明かりで作られた3つの影が廊下を勢いよく泳いでいく。

「ベルクセス様!今参りますぞ!!」

 ウィシュターは伝来兵の如く懸命に駆けている。テセウスとアリンダはついていくのがやっとだった。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 たまらずアリンダが叫んだ。テセウスも続く。

「ウィシュター、さん!速すぎます!」

(急がなくては!漆胡瓶が奪われたら、王にもしものことがあったら!)

 この考えでウィシュターの頭の中は充満していた。その背景には先刻のレイオスとの戦いが脳裏にあった。

(レイオスがいたということは、ライデルもジャハールの部下として生きている可能性が高い!あれは凶悪だ。たとえ元十字軍の剣士と言えども、敵うかどうか…)

 ウィシュターは記憶を遡る。あの罪人兄弟は弟のレイオスは弓の技術は至高だが、性格が臆病だと報告されていた。


 しかし、ライデルは別だ。


 剣の技術もさる事ながら、恐ろしいのはその残虐性である。牢獄の記録簿に残っていた。

 ―『ライデルは平常は冷静で礼儀正しいが、剣を持つと人格が変わる。相対した者を切り刻み続ける。人間の形を成さなくなるまで。

 故に実験でライデルに剣を持たせる場合は、足に錘を付けること。そして万が一の事態に備えて周囲に最低五連隊の槍と弓の兵を配備し、不審な動きを見せた時は躊躇わずに滅殺すること。』―

 このような記録がされるのは、ペルシアの囚人史上初めてであった。その人間離れした戦士の脅威に王が晒されている。そう思うと、ウィシュターは走らずにはいられなかった。

「ウィシュターさん!本当にこっちでヴァロ達のところへ辿り着くんですか!?」

 テセウスは息も切れ切れに叫ぶ。

「間違いない!神殿の構造は頭に入っている!裏口から最深部へ行けるはずだ!」

 3人は廊下を掛けて、扉を押し開け進んだ。すると長い廊下の先から音が聞こえてきた。


 ―キンッ!キンッ!!


「これは…剣が競り合う音!マズい、やはりライデルだ!急げ!」

 ウィシュターは言うとそれまでよりも速度を上げた。テセウスとアリンダもぜいぜいと息を切らせながらついて行く。

「ハァ!ハァ!ベルクセス様ぁぁあ!!」

 3人が廊下の先の大広間へたどり着いた時だった。


 ―キンッ!

「うぐぁあああ!!」

 斬撃の音、そして悲鳴と同時に巨漢が膝をついた。肩からは血を流している。そして、その男が使っていたであろう大剣は鍔から一尺のところで折れていた。

「お前は力を入れ過ぎる。剣に負荷をかけるから折れるのだ」

 ヴァロはブロードソードの切っ先をその巨漢の鼻の寸前に突きつけながら言った。

「ヴァロ!ソーマ!それに王様!!無事だったんだね」

 テセウスが声をあげ、アリンダも安堵した。

「ば、馬鹿な…この男はやはりライデル…ペルシア最恐の剣士だぞ…それをたった1人で…」

 ウィシュターは独り言を呟いた。そしてベルクセス王に駆け寄った。

「王!よくぞご無事で!お怪我はありませんか?」

「大丈夫だ。アレクシウス殿が戦って下さった。まさかライデルをいとも容易く倒すとは…本当に強い」

 テセウス達が合流する様子を見て、肩を抑えながらライデルは言った。

「お、お前らはぁ…レイオスが片付ける計画だったはずだぁ…なぜここに?」

 ウィシュターが答える。

「ふん、弟くんには眠ってもらっているよ…恐らくしばらくは動けまい」

 それを聞いてライデルは顔が紅潮し叫んだ。

「畜生ー!!アイツめ!しくじったのかぁ!」

 そう言うと、急に立ち上がり後ろへ走り出した。

「お前らなどジャハール様にかかれば瞬殺なんだぁああ!うああ!」

 それを見てウィシュターが叫ぶ。

「逃げる気か!?待て!!」

 しかしライデルは止まらない。神殿の奥へと走っていく。

「ジャハール様ぁぁああ!!」

「皆の者、追いかけるぞ!ライデルはジャハールに助けを求める気だ」

 ベルクセス王が大声で号令をかけた。

「よし!逃がさないぞ!」

 テセウス達はライデルを追いかけた。神殿の大広間を抜け、吹き抜けの廊下を駆け抜けた。気づけば建物を抜け屋外の石畳の道を行く。そして、その先の石積みの階段を登る。

 日付が変わった頃にもかかわらず、設置された松明や月の光で昼間のように明るい夜だった。空には天の川が燦々と輝きながら、琴座と鷲座を分断している。

 テセウス達は階段の上の高台に着いた。

「ジャハール様ぁあ!お助けを!侵入者です!」

 ほうほうのていで辿り着いたライデルが叫んだ。その先にターバンを巻き、マントを羽織る背中がある。

 それが、振り返った。

 テセウスはその朱色の瞳と目があった。感情が読めない、朱、アカ、あか…

 訳もわからず鳥肌が立つ。冷や汗が出る。呼吸が乱れる。

「はぁ、はぁ、…この男が…ジャハール…ッ!」

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