第17話 容赦
ウィシュターは歯切りした。敵は弓の達人。近づくことすらままならない。いや、むしろ近づいてしまえば勝機はある、と言った方が良い。覚悟を決めて前に出て斬り込めば、矢に当たるかも知れないが敵に一撃を喰らわすことは出来るだろう。レイオスは体格が恵まれているとは言い難い。一撃で仕留めることも不可能ではない。
しかし、である。
レイオスは確実に心臓や頭部を狙って弓を射ている。肉を切らせて骨を断とうと前に出てもレイオスにたどり着く前に致命傷を負うことは不可避だった。このジレンマにウィシュターは苛まれている。
テセウスが言った。
「ウィシュターさん、僕が合図をしたらレイオスに向かって走ってほしい!」
「テセウス…作戦があるのか?」
「うん!きっと上手く行く。僕を信じて!」
テセウスの瞳が
テセウスがウィシュターの同意を確認すると、レイオスに向かって走り出した。
「レイオス!僕が相手だ!」
アリンダが止めようと叫んだ。
「テセウス無茶よ!やめて!」
しかしテセウスは走り続ける。するとレイオスはテセウスの方へ構え、弓を引いた。
「ウィシュターさん!今だ!」
テセウスが叫ぶ。同時にウィシュターはアキナケスを持って走り出した。そしてテセウスは懐から拳ほどの布の袋を取り出した。
レイオスが弓を射ろうとしている。
テセウスはそこに向かってその袋を投げたのである。とっさにレイオスは射る方向を変え、その袋に向かって矢を放った。
矢は命中した。すると、
―パァァンッ!
袋が破裂する音と同時に粉が空中に舞った。
「うわぁっ!何だこれぇ!目に入る!!」
袋の破裂はレイオスの目前だったため、粉が彼の周囲に舞った。レイオスは溜まらず目を抑えている。
隙が、生まれた。
その隙にウィシュターがレイオスに向かってアキナケスを振り上げた。
「喰らえぇぇ!!」
ザンッ!!鈍い斬撃音が響いた。レイオスの肩から腹にかけて、レザーアーマーが裂かれた。
「あ、が、か、、」
レイオスは膝を突き、その場に蹲ってしまった。
勝敗は決した。
「やったー!倒したのね!」
アリンダがはしゃいでウィシュターに駆け寄る。テセウスも続く。
「テセウスの作戦が上手くいった。しかし、
ウィシュターがテセウスに言った。テセウスは床に落ちた粉を見ながら言う。
「これは夏雪草の花粉だよ」
「夏雪草って…まさかあたし達がオールミからファールスに来るまでに見たあの花畑?」
アリンダが思い出したように言った。
「うん。夏雪草は薬としても使えるんだ。だから少し花粉を採っておいたんだよ」
「はぁー!あんたいつの間にそんなことしてたのよ!抜け目ないわねー!」
アリンダは感心しながら嬉しそうに言う。
「ふむ。そしてそれを目潰しとして使うという判断。やるな」
ウィシュターも感心している。3人はひとまず安堵した。しかし、すぐ足元にはレイオスが
「う、、ぐ、ぐ、」
ウィシュターはレイオスに向かって再びアキナケスを構えた。
「待って!何をするの?」
テセウスが問う。
「レイオスにとどめを刺す。さっきの一撃ではレザーアーマーのガードがあって不十分だ」
ウィシュターがアキナケス振り上げる。
「やめてウィシュターさん!この人はもう動けない。僕たちの邪魔は出来ないよ。このままにしてヴァロ達を探そう」
「甘いぞテセウス。こいつを生かしておけば、またいつ私達の命を狙うか分からない。反逆の可能性を断つのだ」
そう言ってウィシュターは止めようとしない。冷酷な言い方、そして表情だった。
「すまな…かった…助けて…くれ…」
レイオスは力を振り絞って言葉を吐いた。
「お前たちは命乞いをしたペルシアの人々を何人殺してきたのだ!!今更謝っても遅い!!罪は裁かれる!」
レイオスがアキナケスを振り下ろした。しかし、
―キンッ!!
その刃がレイオスに届くことはなかった。
テセウスが剣を振りアキナケスを止めたのだ。そして叫んだ。
「殺したら同じじゃないか!!」
その叫び声は夜の静寂を破る稲妻の様だった。
「自分達に歯向かうかも知れないから殺すなんて…ジャハールと同じじゃないか!!」
テセウスの説得にウィシュターはハッとした。テセウスが翡翠色の目を輝かせながら言う。
「確かに反逆の可能性はあるかもしれない…でも、更生することだってありえるんだ!」
そう言われてウィシュターはアキナケスを
「分かった…命だけは助けよう」
その声を聞いてテセウスは安心したように笑みを浮かべた。
「ありがとう」
アリンダもホッとして言った。
「それなら早くソーマ達のところへ行きましょう!神殿の奥に続く道があるはずよ!」
「うむ!行こう」
ウィシュターとアリンダが歩み始めた。テセウスも続こうとしたが、足を止めて、振り返った。
蹲って気を失っているレイオスに向かって言った。
「どうか、あなたの混沌が晴れますように」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます